創作『華麗なる末裔たち』
みなさまごきげんよう。【路地裏フリークチャンネル】へようこそ。今宵こちらは三日月の美しい夜ですが、みなさまの空はいかがですか?
あ、はじめましての方は「こちらってどちら?」とお思いですね。失礼致しました。簡単にご説明しますと…
緩やかな稜線を描くカルパティア山脈の麓に位置する、中世の面影を色濃く残す街。色とりどりのパステルカラーの壁に、オレンジ色の三角屋根が連なる美しい街並みは『トランシルヴァニアの宝石』なんて呼ばれております。
『ノアプテ・ク・ルナ』
小高い丘に続く石畳の路地裏に佇むこのレストランは、毎夜深夜0時から夜明けまでのわずかな時間だけひっそりと灯りをともします。看板はございません。
おや、時計塔の針が0時を指して仕掛けが動き出しますよ。妖艶なからくり人形たちが夜空を舞台に踊り始めました。さぁ、今宵はどんなゲストが訪れるのか。一緒にのぞいてみましょう。
***
カウンターの奥でグラスを磨いているのがこの店のマスター。色白の肌に映える漆黒のスーツの胸元には、深紅のチーフがまるで薔薇の花弁のように添えられている。
「よぉ、いつもの頼む!」
今夜最初のゲストは古い馴染み客のルプ。筋骨隆々の腕はタトゥーだらけ。首に巻いたタオルで汗を拭いながら、迷いなく壁際ど真ん中のソファーに身を投げる。三人掛けのソファーが彼1人で満席だ。
マスターはキンキンに冷えたジョッキをサーバーに当て、泡の黄金比7:3で黒ビールを満たすと、つまみのジャーキーと共にテーブルへ。ルプはすかさずジョッキを取り、絵に描いたように「ゴクゴク」と喉を鳴らして一気に飲み干した。
「くぅぅぅぅ、沁みるねぇぇぇ!」
豪快に振り下ろされた空のジョッキがテーブルに打ち付けられる寸前、マスターは優雅にキャッチして次の一杯を注ぐとテーブルに置いてカウンターへと戻る。
「いやぁ、今日はまいった。うちの若いもんが皮なめしギルドの若いのと、仕入れの件でやり合っちまって。仲裁やら仕入れ先への謝罪やら、一日中走り回ってクタクタよ。」
「クタクタって言いながら随分嬉しそうじゃないの。まさか夜になって山の中駆け回って来たんじゃないでしょうね。」
痛いところを突かれたのか、ルプが押し黙る。
話に割って入ったのは、これまた常連の女性客メイサ。サイドで編み込んだハーフアップのブロンドが艶やかに波打っている。高いヒールがコツコツと音を響かせるたびに、ウエストを絞った華やかなワインレッドのドレスのスリットから脚線美がのぞく。
そのままカウンター席につくと、肩にかけたファーショールをするりと取って、すでに傍に控えていたマスターにそっと手渡した。
「相変わらず流れるようなその動き。メロメロにされちゃう♡」
ぽってりと膨らむ唇から宙に放たれたキスを静かな微笑みでかわして、手早くショールをハンガーに掛ける。カウンターに戻ると、スラリと細長いグラスに黄金色に輝く蜂蜜たっぷりのレモネードを注ぎ、トマトのカプレーゼと共にカウンターに差し出した。
「今日はチップを弾んでくれる気前のいいお客ばかりで、ついつい歌いすぎちゃったの。マスターのレモネードが沁みるわぁ♡」
「おいメイサ、マスターに色目使うんじゃねーよ。ヤケドするぜ。」
「あら、望むところよ。吸い尽くされたって構わないわ♡」
投げかけたウィンクもやんわりかわすマスターに、頬を膨らませて拗ねてみせる。
「んもう、つれないんだから。いつか石にして寝室に飾っちゃうぞ♡」
「お前が言うとシャレにならんわ。マスター、このモンカスは出禁にした方がいいぜ。」
ガハガハと笑いながら2杯目の黒ビールを煽るルプに冷たい視線を流してメイサが言い返す。
「相変わらず獣臭くてうるさいわねぇ。あんたも立派なモンスターでしょうが。それより気をつけなさいよ。あんたバズりかけてるわよ。」
ブハッ!黒ビールを吹き出して顎髭から泡を滴らせる。
「え?バズってるって、オレが?」
「それって牧場の動画ですか?私も当直の仲間と見ましたよ。」
会話に加わったのはヒョロリと背の高い男だ。ガリガリに痩せて血色も悪く不健康そうに見えるが、優秀なフリーランスのオペ看モミー。
「あら、モミちゃん。いつにも増して顔色悪いわねぇ。今にも棺桶に入りそうよ。」
「メイサさん、縁起でもないこと言わないでください。今日は緊急手術が続いて食べるものも食べてないんですから…。」
そう言って、フラフラと一番奥の薄暗い席に倒れ込んだ。すかさずマスターが温かいチャイとサンドイッチをテーブルに置く。
「ターメイヤサンド!マスター!!愛してまふぁぐあぐあぐ…。」
御礼もそこそこに貪るようにコロッケのサンドイッチに食らいつくモミーを横目に、ルプがメイサに問い直す。
「で、バズってるの続きは?」
「あぁ、そうそう、コレよコレ。」
バッグから取り出したスマホをしなやかに指で操作しながらルプに近づくと、その画面を見せた。
そこには今日謝罪に行ったばかりの牧場が映っていた。柵の中でメーメー激しくパニックを起こして暴走する羊の群。もはや手に負えないと、牧羊犬と牧場主の老人が途方に暮れている。
その老人に声を掛けているのがルプだった。何か言葉を交わしてから、ヒョイっと柵を飛び越える。
両手を広げ、幾度か声を上げて羊を導くルプ。さっきまで衝突し合いながら入り乱れていた羊の群が、たちまちルプに背を向け、一直線に奥の厩舎に吸い込まれていった。
「ワォ!やっぱり親方はスゲーや。さすが毛皮ギルド長!」と、撮影をしている青年の声が響いて動画は終わる。その再生回数を見れば7000回を超えプチバズりだ。ルプがボリボリと頭を掻く。
「…こりゃまいったな。あの若造の仕業か。」
「気をつけなさいよね。下手に目立つと命取りになるわよ。」
「わたしも昔同僚に動画を撮らせて欲しいと頼まれましたが、キッパリお断りしましたよ。」
「へぇ、どんな動画?」
「題して『速すぎる包帯巻き』です。」
メイサとルプが同時に吹き出した。
「笑い事じゃないですよ。今の時代あっという間に世界中に拡散されて、見る人が見れば素性がバレる事だってあるんですから。人知れずひっそり暮らしたい私のようなものにとっては、随分と生きづらい世の中になったもんです。」
憤慨するモミーを宥めながら、笑いすぎて迸った涙を拭うメイサ。
「本当よね…。ねぇマスター、動画の件よしなに取り計らってくれる?」
「ご安心を。すでに対処いたしました。」
ヴィンテージのホレズ焼きの器に今夜の夜食を取り分けながら、マスターが静かに答える。
「さっすがぁ〜、しごはやね♡」
「いつも助かるぜ。」
小さく会釈で応え、それぞれのテーブルにお皿を給仕する。
「待ってましたぁ〜。マスター特製のサルマーレ。」
挽肉と地元野菜たっぷり刻んでこねた具材を、漬けたキャベツの葉で巻いて焼いたルーマニアの家庭料理。粗く挽いたトウモロコシの粉をミルクとバターで練った黄色が鮮やかなママリガとサラダが添えられている。
「ん〜♡甘みと酸味の絶妙なバランスにこの独特な香り。ねぇ、そろそろ隠し味に何を入れてるのか教えてくれてもいいんじゃない?」
マスターは長い人差し指を口元に当て「それは当店のトップシークレットでございます。」と、切れ長の目を細めてウィンクした。深紅の瞳が怪しく煌めく。メイサは艶やかなブロンドを逆立てて恍惚の表情だ。
「あのぅ…配信を見て来たんですけど…。」
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
深紅のトーションを腕に下げたマスターが迎え入れたのは、大柄のルプでさえ息をのむほどの巨体の男であった。店内の視線を一斉に向けられ、居心地悪そうに目を泳がせながら、おどおどと店内に足を進めた男の顔が灯りに照らし出される。
「ふぅ〜ん。はじめまして〜。ちょうどマスターの美味しいお夜食をいただくところよ。一緒にいかが?」
「安心してください。ここには我々のようなワケアリしか来ませんから。」
「俺よりデカいやつははじめてだぜ。一体この世界でどんな仕事してるのか聞かせてくれよ。」
「夜明けまでもうしばらくお時間があります。どうぞごゆっくりお寛ぎください。」
***
さて、今日の配信はいかがでしたか?え?まだ途中じゃないかって?申し訳ございません。続きはまた次の配信でゆっくりとお伝えしたいと思います。
暗闇に染まる静かな夜。ひっそりと灯りを灯す『ノアプテ・ク・ルナ』
もうお分かりかと思いますが、ワタクシがあのイケメンマスターのヴラドでございます。昼はホテルの支配人、夜はここでマスターをしております。
え?真っ昼間にお天道様の下で活動できるのかって?そりゃぁ、800年も生きていればそれなりに適応していけるものでございます。もちろん、現代ではワタクシも含めて、生き血や死肉の類は禁じられておりますので、人間の存在を脅かすような存在でもございません。
この配信は怪物界のサーバーを通じて配信しておりますので、ご覧になれるのは『その筋の方のみ』となっております。現代人間界の暮らしでお困りのことはございませんか?DMをいただければ、当店への招待状をお送りいたします。
「ちょっとマスター♡配信はその辺にして、夜を楽しみましょうよ〜。」
「メイサさん。コンタクトちゃんとしててくださいね、こないだみたいに画面の向こうで誰かが石になっては困りますよ。あ、ルプさん!!モミーさんの包帯に戯れるのはやめてください!猫じゃないんですから!!」
それでは、今日も【路地裏フリークチャンネル】のご視聴ありがとうございました。いいね、チャンネル登録もよろしくお願いいたします。
***
了
お読みいただきありがとうございました。
お陰様で自己満足の完全フィクション世界遺産物語も5作目となりました。毎月連載を目標に今後も楽しみたいと思います。
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