普段と切り離すのもたまには良い、っていう話
こんにちは
2月が終わりに差し掛かってきていますね。
時間が過ぎるのが早いなぁと感じることが多くなりました。
あれやこれやしているうちに、気づけば月日が経っていて、あれ?もう今月も終わっちゃうな、今年もあと10ヶ月だな、とか思ったりもしちゃいます。
ただ、バタバタっと過ぎてしまうことに、どこか勿体無さも感じたりします。
という感じで、今回は雑感的なお話をダラダラ綴っていきます。
特別何かをお伝えするわけでもない独り言です。
日々の合間にのぞいてもらえたらと思います。
では続けますね。
■スマホなしの状態
京都の大徳寺にある大仙院での体験。
そこは見学は可能なんですが、写真は不可となっています。撮らなければ持ち歩いて良いか、というとそれもダメなんですね。
拝観料を払ったらその場でカメラやスマホを受付の方に預ける仕組みになっています。
初めて伺ったときは、写真撮れなくて残念な気持ちがあったのは正直なところ。
でも、何度か行っていると逆にそれが良くなってくるっていう気持ちの変化は不思議なもので、
なんでかなぁ、と考えてみました。
浮かんだのは、その場に集中出来ること。
写真を撮ろうとしていると、構図などに考えが向いていて、実はその場所を味わって無い、かもしれません。
キレイな写真を撮りたい(その後SNSにアップしたい)気持ちが先行してしまって、その場の良さ、を置き去りにしているようにも思えます。
そんな状況ゆえに枯山水庭園が見える縁側にただ座って、じーっくり居る、ことに集中出来ます。
風が吹いたなぁ、木々が揺れる音がするなぁ、鳥が鳴いてるなぁ、日が差してキレイだなぁ、あったかいなぁ、、など。
いつもあるモノ(スマホ)と切り離されてしまっている世界は、ゆったりとした時間の中に「豊かさ」がありました。
何かに追われることもなく、人にせかさられることもなく、やりたい事が出来ないもどかしさもひとまず置いて、その空間に起きている事柄にただただ意識が向かいます。
5分でも15分でも長さはどちらにしても、じわーっと味わう時間を過ごすと、なんだかちょっとスッキリした気分になります。
大仙院での体験から
ついついスマホを開いて見てしまう自分の癖。
数分でも数時間でもスマホやネットと距離を置く時を取り入れて、普段と違う時間の流れ(ゆっくりとした)を作ってみる。
すると、過ぎていく時間をもう少し大切に出来るのかなぁとか思ったりもします。
ということで
この辺りでおしまいしたいと思います。
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
ではまた
▼大仙院
本当に素敵な枯山水庭園です。
▼こちらも似たようなお話をしています。
▼よろしければご覧ください
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