12年のアルツ観察記録:母は自宅で逝きました(126):2021年1月
発病から12年0ヶ月/死まで1年0ヶ月
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15:30前着。
結構室温が高い中に朝食放置。朝昼抜きには驚かないが、昨晩の夕食も冷蔵庫に残っている。
起こす。室温が高いのに布団丸かぶり。
デイが無くて人がいない場合に食事をしなくなっている、伝聞するところの老衰のような感じだが、オンのときはそれなりに元気。
16時過ぎ、お茶に加えて「朝食」を所望したので出す。さすがに3食抜いた後ということか。
大晦日昼のヘルパーのIさんレポートによると「なーんか情けなくて、自分が」と涙したとのこと。一見かわいそうだが、少なくとも最近聞く世の中の悲惨な話に比べれば全然オーケーと思うのだが。
夕食後の20時前に「ご飯の支度が」とか言い出す。その後にももう一回。
以前は「夕刊は?」などとよく言っていたが、今日のような朝刊も夕刊も無い日でも何も言わなくなった。
上がる前に歯磨きを促す。「やらなきゃダメ?」とか言うので、やらなくなってきているということかも。
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電話左のレースカーテンが開いている。いつも掃除で開けるが必ず次の週末には閉められるという習慣が喪失されたか?
8時前に起こす。寒いのにエアコンオフ。「朝ごはんできた」でなく、「朝ごはんだけど…」と微妙な聞き方をしてみる。当事者意識のスイッチが入ったようで「すぐ行く」と言う。
駅伝につき、「どこ走ってるの?」と「何キロ走るの?」を何度となく繰り返し。
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昼に不毛な荒れ方。「他にも来てくれる人がいる」系。兄が以前より来ない事情を説明しても、自分を優先せよ的。
1/20から専門医の医院内の通所デイサービスに通うことになる。デイでの診察も行う形。来訪したスタッフのSさんの細かい質問が始まるが、母の回答はびっくりするほど破綻。聞かれていないことを答えるし、内容に多くが事実に反する。最初現住地域で自分が生まれたと言ってみたり、トイレ関係が全く問題無いと言ってみたり、家の風呂に日常的に入っていると言ってみたり、RP(リハビリパンツ) について使っていないと言ってみたり、今でも手芸をやっていると言ってみたり。途中、私を叔父(本人の弟)扱いすることあり。
最初にお茶をいれたので、要らないと言っているのに、またいれようとする攻防5回以上。不要というだけなのに自分が被害者といった顔をする。
夕食時荒れる。何か自分に準備させて食べろと言いたいらしい。「自分の家だ」的絡み方。
結局誰も切ってなさそうなので爪を切る。
とにかく今日は工数もストレスもマックス。
1/10
カップ類が多く使われた形跡。意味不明。
砂糖壺スプーンの砂糖固着が増加。
ヘルパーはIさん。
整形外科の電話再診は、すでに二回続いていてもうダメということになっているが、コロナの現況を見るとOK とされる可能性が高いので火水に打診するよう依頼された。
1/16
14:55着。
テーブルに朝食放置。
テーブルに位牌と父遺影。
ケアマネのMさん来訪。昔通っていた学校の話などに発病前に聞いていた話との齟齬がある気がする。
1/17
朝、起こすが「喉が痛い、寝てる」と拒否。物言いを変えても自発的に起きそうもないので、強い言い方で起きてもらうしかなくなる。下りるまで大分かかる。
鏡餅に乗っていた牛のマスコットを犬と言う。
大過無し。
1/23
15:30着。
照明はオフで、リビングにいないが、エアコンとヒーターはオン。テーブルには何も無し。すぐ下りて来る。多分暗い中、リビングにいて、一時的に上に行っていた感じか。少なくとも朝食は食べている。
洗濯物を部屋干しす。
電話が乗っているメタルラックが少し手前になっている。また無闇に電源などを抜こうとしたか?
21:30に突然下りて来て、「お茶を入れる」とか言う。
1/24
食前薬投与。この時点で照明を点けたままとし、エアコンを入れ、シャッターを開け、ゆっくり起きてもらうことを期待。
期待叶わず。布団に収まり起床に難色。それでも起きてもらう。ある一線を越えれば全然普通に起きる。
1/29
デイで37.5℃となり、ケアマネより連絡させる、、とデイから電話。いつまでも連絡が無いので実家に電話したところ、そこそこ元気。ただ、次第を説明すると「失礼な」とコメントするあたりは困ったもの。その後にJ病院在宅部が訪問し、PCR検査や医師による訪問診療を実施。
1/30
結果は陰性。
1/30
移動中に元ケアマネのMさんから電話。本題は、陰性であるものの、今朝のヘルパーまでは最低対応なので、その後の熱のフォローが心配、、的な話。私が実家に向かっている途上と知ってからは、「それなら心配ないか」モード。
15:30着。
以前保険証を入れていた袋無し。保険証の場所を変えて良かった。精神的負担が全然違う。きっと寝室で見つかると思ったが、実際にすぐに発見。
洗濯物部屋干し。
テーブルに朝食。暖房オン。
起こしに行く。首の後ろと喉の痛みを訴え。病人状態。手を引っ張り起こそうとしても、激しい痛みが走るようで、寝ていたいと言う。飲食をしておらず、放置しても悪化するように見えたので、何とか座ってもらい、麦茶を飲ませて検温。36.9℃。首をマッサージし、牛乳と菓子を持って来る。食べる前にトイレに行くと言うので行ってもらう。その後に下に下りる気になったので、以降はほぼ通常のお茶となる。首は回したくない様子。寝ていたときは何も食べたくないということであったが、お茶の後に打診した焼き芋やリンゴなども食べる。
砂糖壺の砂糖が激減し。底部の砂糖も固着。洗う。
突っ伏し時間が長かったが、夕食は普通に食べる。
ミカンを多めに食べてもらう。
夕方下りてから一度も寝室に上がらず。最近では希有。夜上がったのも20:43位で最近では遅め。夕食がまだと考えて待機していたという感じも少しある。
基本的に軽い不調だが、その分楽でもある。明日うまく起こせるかどうかと案じる。
22時過ぎに様子を見ると、寝室から明かり漏れ。見ると着替えぬまま、布団に入らずに、足を投げ出して寝ている。きちんと寝るよう促すと、そうするのでとりあえず明かりを消すように言われ、消す。
すぐトイレに行き、その後、下に下りた気配があったので追うと、冷蔵庫を開けて「ご飯何か」とう言っているので、二階に上げる。寝室で独話。
またトイレ。「今度は下りないで」と声をかけると「下りないよ」とか言う。その後、私が寝る和室に近寄る音がしたので、またやみくもな点検が始まったか?と思うが、「ありがとう、お休み」と言う。二三分記憶が保持されたとすると最近では異例か?
独話の後、またトイレ。また和室に近づき、今度は「誰もいないんでしょ?」と言う。私が軽くキレると「どうしちゃったんだろう?」と言いながら戻る。
少し独話の後は平穏に。推定23時過ぎ。
この間、首の痛みはあまり無かったのか?
1/31
起こすと、喉、首に加えて、左手首が痛いとのこと。それでも一度起きる体制になるが、トイレの後、「やっぱり寝てる」になってしまう。何とか起きられるように見えたので、促しているところにヘルパーのIさん来訪。力を得て下ろす。
コーヒーがすっかり冷めたタイミングで食べ始めるが、食欲は順調。熱も36.2℃
Iさんはマスクのみでなく、フェイスシールド使用。発熱可能性の利用者に対してはそうするらしい。
相談の結果、明日のデイは休み、16時頃にヘルパーさんに入ってもらい、特記事項を報告してもらうことにする。
IさんとケアマネのMさんの議論で、J病院の在宅部(往診)を利用してはどうかという話になったとのこと。今回のようなことについてもスムーズになるし、整形への通院を無くせるし、喉風邪やお腹のトラブルへの対応しやすい様子。Mさん経由でお願いすることに。
テーブルで頭を抱えて、時に首の痛みを訴えることが続く。幸い寝室には行かなかったので、飲食が不足する状態回避。明日はほぼ二階の可能性もありそうなので。
10時過ぎのお茶ではどら焼完食。
昼食も、痛みを訴えつつも通常量(2/3強)の鰻重完食。