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『ウエハースの椅子』江國香織が描く不倫。絶望という、死に至る病に蝕まれていく女性の物語
どんなに愛しているかささやきあう。それはほとんどゆるやかな自殺のようだ。彼は私を愛している。私はそれを知っている。私は彼を愛している。彼はそれを知っている。私たちはそれ以上何も望むことがない。終点。そこは荒野だ。
なんて詩的なんだろう。退廃的で、耽美的で。
「世間」という概念とは、全く別の場所に存在しているような。
今回は、直木賞作家の江國香織さんによる『ウエハースの椅子』のご紹介です。ぴかぴかに磨かれた言葉たちが、ぎゅっとつまった1冊だったよ。
全体に流れる絶望、閉塞感。読んでいると苦しいのに、不思議と惹かれてしまう作品
主人公は、38歳の私。画家として生計を立てながら、ひとり古いマンションに住んでいる。結婚はしていない。6年間、不倫関係にある彼がいる。
お話の内容としては、特に山があったりするわけじゃないの。
ただただ、ときどき恋人が来て、作ってくれた料理を、一緒に食べる。愛をささやきながら、セックスをする。そんな、淡々とした日常が描かれているだけ。
冒頭に引用した通り、2人はどこに向かうわけでもなく、これ以上何も望んでいなくて。この、どこにも向かっていない閉塞感が、読んでいるだけで苦しい。波風立たずに過ぎていく日々の描写が、とても怖い。
絶望に蝕まれながら、じわじわと死んでいく、切ない雰囲気。この雰囲気に、どうしようもなく惹かれてしまう、不思議な魅力があるのです。
繊細な言葉たちが集合した、詩集のような小説
江國さんといえば、直木賞を受賞した『号泣する準備はできていた』が有名かな?国語の授業でも名前が出るくらいの作家さんですが、読んだことのない人も多いんじゃないかと思ってる。
彼女の文章を読むと、ぴんと張り詰めた静寂の中にいるような気分になる。なんだろ、小説と言うより、詩を読んでいるような感じ。
一つひとつの言葉が綺麗に整頓されて、行儀よく並んでいて。『ウエハースの椅子』にも、素敵な表現がたくさんありました。
私は無口な子供だったが、それは、自分をまるで、紅茶に添えられた、使われない角砂糖であるかのように感じていたからだ。(中略)紅茶に添えられた角砂糖でいるのが、たぶん性に合っていたのだろう。役に立たない、でもそこにあることを望まれている角砂糖でいるのが。
死はやすらかなものだ、と、私と妹は考えている。あるいは、そう考えることにきめている。それはいつか私たちを迎えにきてくれるベビーシッターのようなものだ。私たちはみんな、神様の我儘な赤ん坊なのだ。
私には、恋人のかたち以外のかたちは、すべて好みにあわないように思える。恋人に出会う前にも、誰かを好きになったことがあるはずなのに。
ラストは、なんともいえない切なさに支配される。休日の夜、ひとり物思いにふける時間に読みたい1冊です。ぜひ。
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