BON
「圭さん、言われた通りキュウリとナス持ってきたけど、どうするの?」
「今はお盆だから、これを使って『精霊馬』を作るんだ」
「ショウリョウマ?何それ」「ああ、見ていてすぐにできるから」
圭は、婚約者でベトナム人のホアが持ってきた、キュウリとナスを受け取る。そしてあらかじめ用意していた割り箸2本を袋から取り出した。ホアが不思議そうで興味深い表情をしながら、圭の行っている動きを見る。圭は、ホアの視線が気になりかけたが、黙々と作業を続けた。割り箸を二つに開けると、ハサミを使って割り箸を分断する。4分の1に分断したものが4本、2分の1に分断したものを2本用意。 今度は短い方の箸をナスのボディに向けて突き刺す。ナスの紫の皮は少し硬く、箸に触れると多少の弾力があるが、それをものともせずに、勢いよく押し込むと、そのまま貫通。少し音がした。同じことを4つ繰り返した。次に長い方をキュウリに、同じように勢いよく突き刺す。そのあと割り箸を足に見立てて、ナスとキュウリを立たせて見せた。
「はい、出来た。これが精霊馬。俺が関東の実家にいたときは、いつもこの盆の時期に飾っていた。京都に来てからやるのは初めてだな」
ホアは、出来たばかりの精霊馬を興味深く眺める。「初めて見るかも、私も大学から何年も京都に住んでいるけど、これ見たこと無い」
「らしいね。関西から西の地方では、精霊馬作らないんだってね。俺も京都に来て初めて知ったよ」
「でも」ホアがキュウリの方を指さしながら、「なんでキュウリの方が足が長いの?」
「確かキュウリが足の速い馬で、ナスが足の遅い牛、この時期は先祖があの世から戻って来ると言われているから、馬で早く戻ってきてもらって、牛で遅く帰るとか。そんな意味だったらしい」
「ふーん。やっぱりベトナムのVu Lan(ヴンラン)とBONは似ているわね」ホアはそういいながら、ナスビのお尻をつつきながら「こうしてたら牛さん早く歩いたりして」と言いながら楽しんでいる。
「でもこれってBONが終わったらどうするの。食べちゃダメ」
「食べちゃダメだよ。それは塩で清めて捨てるそうだ。昔は川に流したそうだけど今それしちゃ怒られるだろうね」
「そうか、いつかベトナムのお盆も経験したいね」「あ、ぜひ圭さんと行きたいよ。でも日本と違って旧暦だから日付間違えたらダメ」今度はホアは、キュウリとナスを対面の位置に動かした。
「うん、それはわかる。正月もそうだしね」圭はホアがここまで精霊馬を気に入ってくれたのが、うれしくて仕方がない。
ーーー
「今年は里帰りできなかったな」圭はホアの斜め後ろで呟く。
「うん、圭さんの御両親に正月以来の御挨拶できなかった」「いいよ、事情が事情だから。でも今年の正月は、俺の実家にホアちゃん初めて挨拶に来てくれたから、父も母も喜んでくれた。実はあのとき初めて合わせるから、俺ちょっと緊張していた」
「そうよね。私、外人だから... ...」「またそんなこと言って、それは関係ないよ。そんなこと言ったら俺だって、ベトナムでは... ...」
「そっか、お互い様だ」
今度は精霊馬を平行に並べるホア。「ホアちゃんは亡くなられたご先祖様。例えば、おじいちゃんとかのこととか覚えている」「え、まだ生きてるけど。いないのは、おばあちゃんだよ」
「あ、ご・ごめん」圭はうかつなことを言ったとばかりに、思わず頭に手を置くと、気まずそうなそぶりをした。
「いいよ、おじいちゃんは相変わらず元気だよ。おばあちゃんは、私が日本に来る前に亡くなって。ああ」ホアは突然目が赤くなり涙を浮かべる。
「ごめん、余計なこと思い出させてたかな」「う、うん、優しくて大好きだったけど、き・急に病気になって」と言ってホアは、花をすすりポケットからハンカチを出して涙をぬぐった」
「ごめん、あ、じ、じゃあ俺の話ね。おれは両方ともいない。おじいちゃんは小学生のときで、おばあちゃんは高校のときだった。ああ懐かしいなあ。けど、思い出すとやっぱり寂しくなる」
ホアはハンカチを吹きだすと笑顔を取り戻す。「でも、それがBONでしょ」「う、うん、御先祖様を思い出すのが盆。だから俺の実家には今頃ふたりとも今戻ってきているはずなんだ」「私はもう少し後ね」「旧暦だから」ホアは少し口をゆがませながら小さく頷いた。
ーーー
「あ!」相変わらず精霊馬で遊んでいるホアは、しばらくすると急に何かを思い出す。
「うん?何?」「そういえば、『BON ODORI』というのもなかったっけ」
「ああ、盆踊りね。そういえば、それもこっちに来てから、俺、行ってないなあ」
「圭さん、それ一回行ってみたい!」「うん盆踊りすごく楽しいよ。広いグラウンドのようなところで、輪になってダンスをするんだ。真ん中には太鼓とかの日本の楽器があって『民謡』」とかが流れる」「HOGAKUね」
「そう、日本の伝統音楽を聞きながら、みんなでダンスをするんだ」
圭は視線を遠くに置きながら、自ら経験した盆踊りのシーンを頭に浮かべた。「ユカタ着るんだよね」ホアの問いに圭は大きく頷く。
「それから盆踊りは流れてくる、『音頭』というものが変わると、振り付けも変わるし独特の動きをするけど、基本的にゆっくりだから。見よう見まねで、どうにか楽しめる」
「でも今年は多分」「仕方がないだろう。来年以降。だったらそれまでの間、盆踊りの動画を見ながら練習したらいいだよ」
「あ、そうね。そうする!来年のために」そういうとホアは、立ち上がり、そのままパソコンに向かい、テーブルに座ると。いきなり電源を入れ始める。ホアにおもちゃにされた精霊馬は、両方とも横に倒れていた。
「ホアちゃん、こういうところが子供っぽいから」そう言いながら嬉しそうにナスとキュウリの精霊馬を直す圭であった。
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こちらは43日目です。
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シリーズ 日々掌編短編小説 209
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