マイホームドリーム
「あ、じゃあ今日はこれで失礼します」熱帯魚店で働く酒田洋平は、いつもよりも早く帰ることになった。これは洋平の問題ではなく、師匠でもある熱帯魚店・店主の都合で、早じまいする必要があったから。
「さて、今日はちょっと時間があるなどうしようかな」と帰り道の洋平は、少し寄り道をすることにした。いつもとは違う道を大回りすると、ある存在が目に留まる。
「あ、住宅展示場だ。まあ遠い昔のことだけど、ちょっと将来の住処になるかもしれないから見てみよう」洋平は同棲中の恋人・鶴岡春香との将来を、夢見ながら寄り道することにした。
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洋平は展示場の中に入る。個性的な住宅が順番に並んでいた。「どれがいいかな」いくつかある中で一番気になった住宅に入ってみることにする。
「受雷工務店か。あ、これテレビのCMでよく見る所だ。いっつもドラマの良いところでカットして流れるんだよな。ま、いいか、CMでてくる出る家だから、良いのかもしれないな」
洋平はドアを開けると、さっそくスーツ姿の営業マンが玄関に現れた。
「いらっしゃいませ。ご見学ですか」「うん、ちょっと建物見ていいですか」「どうぞ」と言って、洋平よりも首一回り背の高い、若い営業マンはスリッパを用意してくれる。
「わが、受雷へようこそ、今回はマイホームの」営業マンは洋平に名刺を渡す。「あ、たまたま見つけました。今すぐというわではないですが、どんなものかなと思って」
「いえいえ、どうぞごゆっくりご自由に見学ください」
1階にはサングラスに口ひげを蓄えた年配の老男性がいて、別の営業マンとやり取りをしていた。そこで階段を上がり、先に2階に向かうことにする。
「わが社は、他社とは違うものがいろいろございまして、屋号の『受雷』なんですが、元々避雷針を作っておるメーカーでした。そこから落雷に強い住宅づくりを」と、洋平の後ろで営業マンが語り始めた。
洋平はうなづきながらモデルルームの中を見る。ホテルの一室のようなゴージャスなソファー席。主寝室と名付けられたベッドルームには、フカフカの羽毛布団が置いてある。また子ども向けだろうか?積み木やおもちゃが置いていて、「ファミリーで住める」という印象をより強く表していた。
また単なる住宅の雰囲気だけではなく、建物に使っている素材が置いてあり、その素晴らしさを書いているパネルが貼られている。「たとえば、この断熱材ひとつをとってもですね。他社様とは違いまして、我が受雷のものは」「へえ、知りませんでした。いろいろあるんですね」
「ええ、これを使えば光熱費がぐんと下がるわけでございまして。ハイ」洋平は知らない世界を、ときおり口をゆるませながら堪能した。
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「このガラス構造こそが防音の切り札」と営業が語っている最中に、突然の大声が鳴り響く。
「もうお帰り下さい!」「なんじゃい。客が見学したらだめなのか」見ると先ほどの老男性と営業担当が口論している。
「あのね。あなた買う気ないでしょう。そういう人が長く居座られると困るんです。いい加減お引き取りくれますか!」
「ひどいところだな。ここ」「ひどいのはお前だろ!この年金生活者!とっとと帰れ」ついに担当は大声で老男性を罵倒した。
吹き抜けの間があるためにその大声が必然と洋平たちに入る。「あいつ、すごいな!」思わず洋平は声が出る。
「あ、お客様大変失礼しました。弊社の担当のひとりがちょっとアクティブな性格なもので」
「見た目からして貫禄があるようですが、あの人あなたの先輩ですか」
洋平の質問に、営業マンは少し体をしゃがませて、洋平と同じ目線にあわせる。そしてささやくような小声で「え、ああ、あまり大きい声では言えませんが、実は上司の営業主任で、まあちょっとパワハラ的なところがあって私たちもいつも理不尽な目に。あ、お客様にこんな話。いや、失礼しました」
洋平は下の階もも見学する。すでに老男性は帰ったようで、罵倒した営業も建物内の事務所に引き上げたようだ。
「では、最後にアンケートを」一通り見学した洋平は、アンケート用紙を記入した。いくつかの質問への回答。あと名前とメールアドレスだけを書いた。
こうして洋平は工務店のパンフレットをもらい。モデルルームの玄関に出る。「ぜひご検討ください」ドアの外まで出て営業担当は見送った。
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洋平は時計を見る。「ちょうど良い暇つぶしになった。春香にこれ見せたら驚くかな。まあ今の熱帯魚屋見習の俺の給料じゃ、マイホームは遥か夢のまた夢。パンフレットだけ見ながらマイホーム生活の気分だけ味わうか」と頭の中でつぶやく。そのまま洋平は帰ろうとすると、誰かが声をかけてきた。
「はい」洋平が振り向くと先ほどの老男性がいる。
「お、先ほど見学されてましたな。建物はいかがでしたかな」とにこやかな老男性。しかし先ほどのようにサングラスもしていなければ口髭もない。「え、まだ僕はマイホームなんて夢ですが、ちょうどあったので気分だけでもと思いまして」と右手を頭の後ろにして洋平は答えた。
「そうでしたか、でもまだお若そうだからゆっくり選ばれたら良いじゃろ」と老男性。「この人関係者?」と洋平は感じたが、それよりも先ほどのインパクトが頭を支配する。
「と言うより先ほど散々でしたね。僕のいた2階からきこえてました」
「いやいや、それはお見苦しいところ申し訳なかった。いま横西君に連絡した。ちょっとあれは無いだろうな」「横西?」
「ああ、受雷の営業部長ですよ。さっきの失礼な男の上司の上司くらいかな」
「あ、会長!この度は部下が粗相をしたようで」と、銀縁メガネをかけた男性が老男性めがけて走り寄ってくる。
「おう、横西君か。なんだあそこの営業主任。ありゃダメだろ。客を客と思っとラン。あんなことさせていたら、受雷の印象が悪くなるぞ」
「まことに申し訳ございません。ただいま」そういって頭を下げると横西は、洋平が見学した建物のほうに向かう。
「え、あなた会長さん!」
「ええ、まあこの建物物件のな。受雷はワシが創業してここまで大きくしたが、3年前に息子に社長職を譲ったんじゃ。まあ会長なんて普段暇だから、こうやって覆面で、各拠点の営業マンの資質の調査をしておるんじゃ」と言ってサングラスをつけて、口に付け髭をつける。
「そんなすごい方!失礼しました」
「いやあ、とんでもないことです。むしろわが社の担当のせいでお客様に不快な思いをさせてしまったようで。こちらが謝るべき」途って会長は洋平に頭を下げる。洋平は思わず恐縮して緊張した。
「で、いつかマイホームを」
「え、あ、いつかそんな日があればなと。僕には同棲している彼女はいるんですが、まだ籍を入れる予定もなく。いつかそんな日が」
「いやそれでいいですよ。もしご縁があれば、ぜひ受雷を頼みますよ」
「わかりました。数年後ぜひご縁ができますように」
洋平はそういって会長に軽く頭を下げると、帰路に向かった。振り返ると会長はまだ洋平に頭を下げている。「創業者の人って本当にすごいなあ」洋平はただ感心しきるのみ。
突然「も、申し訳ございません!」との大きな声。洋平がもう一度振り向くと、先ほどの営業主任が体を震わせながら低姿勢。横西部長とふたりで会長に頭を下げていた。会長はさっきとは違い、背筋を伸ばして威厳ある表情になっている。
洋平はそれを見終えると、ちょっと心地よい気分になって帰路につくのだった。
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シリーズ 日々掌編短編小説 309
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