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4月4日はイースター

「さあ、今日はイースターよ!」
「おい、麻衣子。朝から何言っているんだ。それってキリスト教の復活祭じゃないか。お前実家が曹洞宗の寺院。思いっきり仏教徒だろう」
 昭二は、口にくわえたあんぱんを外すと、朝から張り切っている麻衣子を窘めた。

「何言ってるの? そんなこと言ったらクリスマスも同じ。これももう日本の行事になっているわ。さあてイースターエッグ作るわよ!」
 と早くもキッチンでピンクのエプロンをつけて気合全開。麻衣子の横にはすでに空になったC.C.レモンのペットボトルが置いていた。

 その横で昭二は歯磨きを終えると「最近歯周病予防に気を使わないとな」と言いながら歯並びを確認する。
「おい、せめてこう日本らしく、清明とかにしないか」「セイメイ、何それ?」
「知らないのか、それは二十四節気のひとつで、定期法にて太陽黄経が15度のときだ」
「やっぱり!」「な、何だよ」
「それ、今スマホで調べてたでしょう」麻衣子は嬉しそうに笑う。

「いいじゃないか、でたらめなこと言うよりは、正確な情報を教えたんだ」「どうせスマホで調べるなら『地雷に関する啓発および地雷除去支援のための国際デー』とか言って見たらどうよ」
「じ・地雷って、ここ日本だよ。まあ最近交通事故が多いから交通反戦の気持ちではあるけど」昭二は呆れて首をかしげる。麻衣子は黙って厨房で何かを始めた。

「おい、じゃあイースターで何に作るんだ」「さっき言ったわよね。イースターエッグ」
「それは聞いたほかにだよ」「え?」麻衣子は固まった。
「まさか、イースターエッグだけしか作らないというのではないよな」昭二の語調が強くなる。

「あ、あ。イースターバニーなんてあるわ」「イースターバニー? 何だろう。バニーガールなら知っているが」

「あ、バニーはウサギ、ひょっとしてウサギ肉を食べる日とか」「え、お前ウサギの肉なんて近所のスーパーでは売ってないぞ」
「そんなのわかってる。クリスマスの七面鳥みたいに、日本じゃ無理なものがあるのよ。そしたら何食べよう。あ、昨日スーパーで見つけた『本日の品』というコーナーにあったどらやきならすぐだせるけど」
 麻衣子は強引に作った笑顔で適当にごまかすが、昭二はいたって冷静だ。

「おいジョークはいいよ。それはおやつに食べよう。例えば、フォー とか作るのはどうだ。ウサギ肉はないけど猪肉とか売ってたらそれを上に載せるとか」

「フォー! ベトナムの?? でもあれどうやって作るんだっけ。確か米の麺よね」麻衣子が真顔になる。
「そうだよ小麦粉じゃないはずだ、えっとほら、佐賀の伯父さん夫婦が、養子に貰った女子ロックしているトランスジェンダーの」
「ま、マキエちゃんのこと? ちょっとちゃんと名前で言いなさいよ。失礼な!」麻衣子が睨むので、昭二は少し慌てて目が開く。

「あ、ごめん。彼女確かグルテンフリーだっただろ。フォー好きだよな」「でもこの前佐賀に遊びに行ったら、ご当地グルメのシシリアンライス食べたけど」
「そりゃ毎日同じもの食わんだろう」庄司の笑顔。こちらは自然に出たようだ。「ということは、え! まさか米粉から打つの?」「何言ってるんだ!  フォーの麺売ってるよ」

「うーん麺だったら沖縄そばのほうがいいかしら。獅子みたいなの飾って」「シーサーか。それは確か昨日だったな」「え?」「いやひとりごと」
「いや俺は沖縄県誕生の」
「ものが好きなんでしょ。知ってるわよ、私たち那覇で知り合ったもんね」
麻衣子は懐かしそうに視線を遠くに向ける。
「あ、あああそうそう、懐かしいな」昭二は当時のことを思い出す。
「だからゴーヤチャンプルもほんとうは島豆腐でなきゃ嫌なのよね」「いいよ、簡単に手に入らないんだから。男前豆腐だっけ、あれでいいって」

「よし、今からスーパー行こう!」麻衣子はコンロの火を止めた。
「ん? ゆで卵作ってたのか?」「うん、あとは上から蓋をして、そのまま余熱で蒸すようにすれば、茹で卵の完成ね」

「そうだ、たまにはあんたも一緒に行く」「ああ、いいだろう。買い物付き合うよ」こうしてふたりは身支度を整えて外に出る。

「あ、ねえ」「なんだよ」「ついでだけど、ボロボロになったからおかま買っていい」「いいよ、そのかわり」「何?」
「さっき冷蔵庫見たんだが、チルドルームがガラガラじゃないか、何度も買い物しなくてよいように4℃以下で保存する肉と多い目に買っておいたほうが良くないか」
「そ、そうね、あんたもついて来ているから、今日は多い目に買いましょう」と麻衣子は笑った。

 ふたりはスーパーに向かって歩いている。今日は日曜日なのでいつもと違ってゆったりした町の様子。ヨーヨーで遊んでいる子どもの姿もいた。

「ねえ、あそこ」麻衣子が指さしたほうを昭二がみる。
「うん、教会か」普段も無意識に見ているのに、今日は特にインパクトを感じる教会があった。レンガ造りのレトロな建物。
 結婚式会場にはまたとない雰囲気だ。

「ねえ、イースター礼拝だって」
「結構車が、あ、あれは俺が欲しい四輪駆動車じゃないか」昭二は嬉しそうに車を見つめる。
「でもさ、お前も俺も仏教徒だよ」「ほら『どなたでも参加できます』って書いているわ。前から気になっていたの。ちょっと寄り道して見ない」麻衣子に引っ張られるように昭二も教会の礼拝堂に向かう。

「でも本当にいいのかよ、キリストのこととか全然知らんのに」礼拝堂の入り口に来て少し昭二は不安になる。ふたりは恐る恐る中に入った。そこには受付の人がいる。「あ、あのう、実は仏教徒なのですが」
「ああ、大丈夫ですよ。ようこそいらっしゃいました。皆さんでイエス様の御復活をお祝いしましょう」

 礼拝堂の前にいろんな案内が置いてある。その中にイースターバニーの説明を書いた無料の冊子があった。
「ねえ、これがイースターバニーよ」「おう、せっかくだからもらっとこうか」

 こうして礼拝堂の中に入った。少し大きめの礼拝堂で100人以上は軽く入る。イースターの日だからだろうかほぼ満員に近い状況。みんな静かに座っている。ちょうど前のほうの中央では、牧師がイースターについて説明をしている最中であった。だがその内容は、ふたりにとって全く興味がない。
 かわりに、さっきもらった冊子のイースターバニーの冊子の中を見た。みんな静かにしているから声は出さない。ふたりはアイコンタクトで意思疎通する。

「イースターバニーは復活祭のウサギ。イースターエッグを持ってくるのがウサギだったのか」「これ食べちゃダメだわ。カラフルな卵やキャンディ、おもちゃをバスケットに入れて子供に送るウサギって、まるでサンタクロースみたいね」

 やがて牧師の話が終わった。ここでみんなが一斉に立ち上がると、パイプオルガンの音色が響きだし、一斉に讃美歌を歌い出す。
「まずいところに来たかな」「とりあえず口パクしかない」ふたりは歌っているふりをしてその場をしのいだ。
 ただパイプオルガンの幻想的な音色、そして反響する信者たちの歌う声、ふたりはどこか有料のコンサートに来た錯覚を覚えた。

 結局ふたりは最後までイースターの礼拝に参加。そのまま教会を後にした。
「それにしても凄いパイプオルガンの音色だったわね。あれのピアノ調律とかどうしているのかなあ」「さあ、ちゃんと専門家がいるんじゃない」

「さて、教会を」麻衣子はスマホを取り出し教会を撮影した。
「まるで観光客だな。近所なのに」昭二は苦笑。「何言ってるの? これ写真シールにするのよ」と麻衣子は反論した。

「シール?なんのために」「イースターエッグに貼り付けるの。卵の殻に色塗るより簡単よ」といいながら、今日も幸せなふたりだった。



※次の4月4日に関する記念日をキーワードに盛り込みながら創作してみました(最初のふたつは2021年限定)

イースター 清明 地雷に関する啓発および地雷除去支援のための国際デー
交通反戦デー トランスジェンダーの日 ピアノ調律の日 沖縄県誕生の日
あんぱんの日 どらやきの日 ヨーヨーの日 獅子の日 写真シールの日
おかまの日 4℃の日 幸せの日 男前豆腐の日 米粉の日 四輪駆動の日 C.C.レモンの日 猪肉の日 フォーの日 シシリアンライスの日 養子の日
ピンクデー 歯周病予防デー 女子ロックの日


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皆さんの画像をお借りします

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シリーズ 日々掌編短編小説 439/1000

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