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1月10日に行ったイトウのデート 第717話・1.10

「伊藤さん、遅くなってごめんなさい」伊東は走って伊藤と待ち合わせしているところに来た。「伊東君、いいの。少しくらい遅くても私慣れているから」伊藤はそう言って顔を赤らめる。「どうしても式典の後、同級生とあいさつして遅くなったよ。ほんとごめん」
「もういいわ。で、伊東君は今日はどこに連れてってくれるの?」今日はふたりは3回目のデート。同じ20歳のふたりは、お互い住んでいる自治体で行われる成人式の後に、待ち合わせてデートすることとなった。実は大学で初めて会ったときからお互い一目ぼれ。そんな相思相愛の伊東と伊藤であるが、まだ告白などはしていない。
 先月のクリスマス前に伊東が、うまく伊藤とふたりっきりになり、勇気を振り絞りデートに誘った。1回目と2回目はいい感じで過ごせたが、まだ手を握る余裕もない伊東。でも今回はいきなり勇気をもって伊藤の手を握った。これは会う前から決めていたこと。そして手を握られた伊藤も嬉しそうに伊東の手を握り返した。

「今日はどこへ行こうか、そうか今日は1月10日か」「あ、そうね。そうだ、私たち会うの今年初めてだった。あ、あいさつしないと」いったん手を離した伊藤は伊東の前に立った。そして「伊東君、あけましておめでとうございます」とあいさつ。伊東も慌てて「伊藤さん、あけましておめでとうございます」と返した。
「1月10日か、俺の故郷は関西だから十日戎というお祭りが神社であるんだ。ここにはないから、行けないけどね」
 それを聞いた伊藤は、少し驚いたのか手を口元にもっていく。「うそ、私の故郷と違うまつり」「え? 違うのエビスと」「うん、私は四国の高松だから1月10日は初金比羅というのに行ったわ」「へえ、コンピラか。地域によって違うんだな。今は全然違う地域にいるし、なんか懐かしくなったな」

 手をつなぎながら町を歩くふたり。今日はどこも予定を決めていなかった。「とりあえず何か食べに行こうか」「うん、伊東君にお任せするわ」と伊藤。お任せされて困った伊東は「伊藤さんは食べ物の好き嫌いとかある」と質問。伊藤は「うーん」と言っただけでそこから会話が止まる。
 2・3分黙ったまま歩くふたり。でも手をつないでいるしふたりは密着して歩いているから決して退屈ではない。ここで伊藤が何かを見つけたようだ。「あ、伊東君あの店」伊藤が指さしたのは寿司屋。
「お、寿司屋さんだ。伊藤さん寿司とか食べる」「え、私嫌いじゃないけど、寿司って高くない」「いいよ。年末年始のバイトで稼いだから大丈夫。行こう」

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 ふたりが入ったのはランチタイムが終わったころとあり、ほかに客はいない。でも中のスタッフは暖かく出迎えてくれた。中に入ってテーブル席に座ると早速メニューを見る。寿司と言っても回転寿司屋ではない。かといって高級な江戸前握りを出すような店でもなかった。昔から町にあったような家族経営の小さなすし店のようだ。
「今日はさんま寿司が入りました」とスタッフ。「さんま寿司だって、さんまって秋に塩焼きにして食べるけど、寿司もあるんだ」伊東はつぶやく。「私、巻き寿司にする」と伊藤。「そう、俺はせっかくだからこのさんま寿司を食べてみる」
 ということで注文する。巻き寿司とさんま寿司。あと納豆巻きも注文した。
成人式が終わったから酒が飲めるかと思ってビールを注文しようとした伊東たが、直前になりそれは遠慮。

 しばらくして寿司が来た。「これがさんま寿司か」と物珍しそうな伊東。「それうちの実家の郷土料理なんです。ぜひ召し上がってくださいませ」と、カウンターの後ろから店主が話しかけてきた。「ご実家はどちらですか?」と伊藤が話しかけると。先ほどのスタッフ。どうやら店主の奥様だった人が「あ、和歌山の新宮です」とこたえた。

 こうしてふたりは寿司を食う。珍しいさんま寿司の不思議な香りと味わいに感動し、巻きずしのかんぴょうの食感を噛みしめながら味わう。さらに納豆巻きを食べたときに口の中に絡みつく、納豆の糸ひきの前に、口の中で格闘しながら最後はお茶をすすって終わらせた。

 突然サイレンの音が店の中に響く。その音は目の前で止まった。「あ、パトカーが来ているな。多分斜め前の家だ」と店主が妻に語った。「この前も110番通報していたわねあそこ。何かあるのかしら」「さあ、まあ部外者は、かかわらないことだな」店主はそう言って、夜の仕込みを始めた。

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「ごちそうさまでした」と伊東が清算。「伊東君ありがとう。ごちそうさまでした」と伊藤は礼を言う。店の外に出たらまた手をつなぐふたり。もう告白無しで交際がスタートしている。「伊東君、私ね。将来インテリア関係の仕事したいの」「え、伊藤さんもう将来のこと考えているんだ。俺はまだ全然何がしたいのか、わかってない」
「だから今年、インテリア検定の資格を取ろうかなって」「へえ、受験資格とかは」「無いみたい。だから頑張って勉強するけど、伊東君とはできるだけ会いたいから応援してね」
「うん、もちろん、伊藤さん頑張って」と伊東の言葉に思わず顔の表情が緩む伊藤、伊東に体を寄せた。

「あ、あそこで明太子売っている」と伊東が指さす。「伊東君、明太子好きなの」「うん」「良かった。私も明太子大好き」「伊藤さん本当、うぁあ一致している!」と嬉しそうに声を出す伊東。こうしてしばらく明太子の販売コーナーを眺めるふたりであった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 717/1000

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