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新しいコールドテーブルで起きたこと

「どう、先週納入したのちゃんと動いてる」スキンヘッドで頭頂部が蛍光灯に反射した男が、小さなカフェに入ってきた。
「いらっしゃい、あ、梅さん! 今日もお仕事?」
 ここはカウンター席が10席と4人掛けテーブルがひとつしかない小さなカフェ。梅さんと呼ばれているスキンヘッドの男は、このカフェのすぐ近くにある、従業員が20名程度でやっている中小企業の社長。この店とは数年来の常連である。
「まあね。でもさ、例年ならうちもメーデーやらで労働者がみんな休んで集会に行くんだよ」「メーデー。昨日だな。うん、懐かしいね。俺もサラリーマン時代はよく行った。赤い鉢巻なんかして」店のマスターはスキンヘッドの社長と年は近い。だがこちらは毛がたっぷり残っており、ごま塩の七三姿。銀縁の眼鏡をかけ、緑のエプロンをしていた。

「そうかマスターは労働者側にいたもんな。おいらはずっと経営者だからね。でもさ、うちは給与をちゃんと渡してるよ。一度も遅れたことないのに、何であんなのに参加するんだろうね。
 でもさ今年はメーデーが中止っていうから助かったよ。昨日1日は普通に稼働できてホント助かった。4連休の前に休まれたらこっちはやってられないよ」
 梅さんは席に座るなり、自社で起きたストレスを発散するのが習慣だ。

「梅さんも大変だねえ。GWなのに連日会社に来てさ。まあ今日はどうせ暇だからゆっくりしていって」
「まあ、うちのような弱小企業の経営者は休めないよ。どうにか4月は乗り切ったけど、今月はどうかなあ。ていうかマスターの店も営業してるじゃん」見ると店内にはグレーの作業服姿の梅さんが、カウンターに座っている以外には客がいない。

「社長、何しますか」コップに水を入れて注文を取りに来たのは、赤いエプロンをしたマスターの娘・幸子。実はマスターは5年前に会社を退職した。     
 早期退職で多い目に貰った退職金を元手にカフェを開業。妻と娘の一家3人で切り盛りしている。

「おう、さっちゃん。いつものホットコーヒーでいいよ。あれママは」
「おう、あいつは今仕入れに行ってる。さっき出たとこだから30分、いや1時間くらいかかるかなぁ」とカウンター越しにマスターの声。
 仕入れと言っても小さなお店。主婦の買い物と大差なく、大型の食品スーパーに足りない分を買い増しに行っているだけである。

 マスターはハンドドリップで梅さんのコーヒーを入れていた。
「おう、であれ。コールドテーブルはちゃんと動いてる」「コールド? えっと」マスターは横文字に弱い。
 すぐさま幸子が「お父さん、台下冷蔵庫のことよ」とフォローする。

「ああ、台下ね。いやあ梅さん、ホント良いもの納入してくれて感謝だよ。開業時は退職金があるってもさ、ある程度運転資金置いとかないと不安じゃん」
「わかるよ。マスターホントそう。資金繰りは大変さ」
「だから開業時は中古で、厨房機器揃えたんだ。台下冷蔵庫も安かった。だけどさ。去年くらいからかな。途中で冷えが悪くなるとか調子が悪かったから大変だった。夏のときなんて大きな氷入れて冷やすのサポートしたよ。5年たったからなあ。でも梅さんのところで新しいの手に入れられたからうれしいんだ」
 マスターは、自らの目の前にある新しいコールドテーブルを見るために視線を落とす。真新しいシルバーの輝き、モーター音がほとんどしないこの箱を開けて中の出し入れをするたびに嬉しさが沸き起こり、思わず口元が緩む。

「いやあ、それ言ってくれたらうれしい。だってさマスター支払いが現金一括だよ。それも納入日にその場でさっと。今はカードとかが当たり前。
 請求書出してもなかなか渋る人がいる時代だよ。いやホント助かりました。こちらこそありがとうございます」
 梅さんは立ち上がって頭を下げる。

「はい、お待たせしました」唯一冷静な幸子が、コーヒーを持ってきた。「お、ありがとう」梅さんはさっそく出来立てのコーヒーの香りを嗅ぐとゆっくりと口に含む。

「あ、でも......」ここで幸子が、何か言いたげそうな表情を梅さんに向ける。

「さっちゃんどうしたの?」「社長、実はちょっとだけ」
「おい、幸子。大したことないだろうあんなの」
 マスターの声に幸子が逆切れ。
「お父さん! 私は嫌よ。たまに冷蔵庫の上で作業したら『ビリッ』て電気が来るのなんて。前のはそんなのなかったのに」

「電気。それってアースだな」「アース?」
「ああ、ちょっと見せてくれよ」梅さんはコーヒーを一口飲み、席を立ち上がるとそのまま厨房の中に入る。「梅さん、休憩中悪いな」
「いいよ気にすんなよマスター」
 梅さんはコールドテーブルの隅々を見る。そして「あ、やっぱり外れてる。よしちょっと待って、すぐ直してあげるわ」
 そういうと梅さんはそのまま店を出た。

「あ、すみません」まさかの展開に戸惑う幸子。
「幸子、だからいっただろう。梅さんいつも大変なんだ。ゆっくりさせてあげろよ」
 父にそう言われると幸子は黙ってうつむく。しかしすぐに別の客が入ってくるとすぐに顔を上げ、営業スマイルが復活。「いらっしゃいませー」の声が店内に響いた。

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20分ほどして梅さんが工具を持って戻ってきた。「よし、すぐ終わるから。えっとこの店のアースは確か」
 梅さんは経営者だが元々は技術者。今でも状況によっては自ら現場に向かう。そして自前の工具を開けると、様々な工具を使い、取れていたアース線をコールドテーブルに取り付けて、床を這わせていく。そして店内の柱にあったアースの端子に線を繋いで行った。

「よし、できた。さっちゃんこれでもう『ビリッ』は来ないから安心して」
「社長、ありがとうございます」幸子は慌てて梅さんの前に来て頭を下げる。

「梅さん悪いね」
「いいよ、設置のときの初期のミスだったかもしれないな。だったらおいらのとこの従業員が悪い。言ってくれてありがとう」

「幸子、梅さんのカップを」「あ、はい」幸子は梅さんが座って飲もうとしているコーヒーを目の前で取り上げた。
「ええ、何で? 俺、全然飲んでないよ」

「そうじゃなく。ちょっと待って。梅さんそのコーヒー冷めてるから新しく入れなおすよ」
「いいのかマスター」「コールドテーブル使いやすくしてくれたんだ。当たり前。お互い様だよ」
 と言って笑顔でコーヒーを入れなおす。梅さんの表情が緩くなったのは言うまでもない。


こちらの企画に参加してみました。

※あえて業務用冷蔵庫で参加してみました。


「画像で創作(4月分)」に、とらみなさんが参加してくださいました

 短いながらも、取り扱っている内容が異なっている凝縮されたような内容の数々。もし桜の木の下でこの短歌を詠んであげれば喜ぶかなあという気がしました。


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シリーズ 日々掌編短編小説 467/1000

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