旧暦の七夕

「ええ、どうしたものかしら。ねえ、エドワード。相談したいんだけど」
「あ、なんだジェーン」エドワードこと江藤が、パソコンの前で頭を抱えているジェーンに声をかける。

「あの、これベトナム在住のナム君からのメッセージ。いつも英語でやり取りするんだけど、今日はなぜか日本語で送って来たの」
「へえ、見せて」と江藤が画面を見ると、次の内容である。

　ジェーンさんこんにちわ。ボクはベトナムのみなみにある、カントーというまちにすんでいるナムです。
　ボクがしっているのは、にほんでは、今のカレンダーでのしちがつにタナバタがあります。でも、ボクのいるところは、ちゅうごくとおなじムカシのカレンダーをつかって、しょうがつとかをおいわいします。ことしは、きょう８がつ２５にちが、タナバタでした。

　だから、いまからベトナムのタナバタのはなしをします。
むかし、そらにあるくにがあって、おうさまのむすめがいました。そのひとにはすきなおとこのひとがいました。おとこのひともそのむすめが、すきなので、ふたりはけっこんしたいと、おうさまにいいます。
おうさまは、けっこんをゆるしますが、おたがいしごとをなまけないというやくそくをさせました。でも、ふたりはしごとをせずに、あそんでばかりになってしまいました。
　　
　それをしったおうさまは、ものすごくおこります。だからふたりは、ぎんがのかわの、りょうはしで、べつべつにすむことになりました。そして、しちがつだけあえるようになりました。べとなむではにほんのように、４つのきせつはなく、ねったいモンスーンというきせつです。いまは、ふるいカレンダーでは７がつです。そのときはあめがふるきせつなので、まいにちあめがふります。そのあめは、ふたりがいっしょにいるから、よろこんでいるなみだです。

　こういうはなしです。では、ジェーンさん、まいにちあついけど、おげんきで。ぼくはこれで、てがみをかくのをおわります。

「ジェーン。彼の言っていることわかるよ。外国人だから子供っぽい文章は仕方ないんじゃないか」「それはいいの。でもその後英文で、Please translate this sentence into cool Japanese.（この文章を、カッコいい日本語に変換してください）って言って来たの」
「クールな文章かあ。ジェーンやってあげたら」と口を緩ませる江藤。しかしジェーンは長い金髪をなびかせるように首を横に振る。「いやーん。エドワード！　私は日本語わかるけど。一応英国人。やっぱり正真正銘の日本人である。エドワードの方がいい文章書けるんじゃない」
　そう言って甘えた表情をするジェーン。その表情が好きで、内心嬉しいがあえてクールな表情をする江藤。

「しょうがねえな。わかった。ジェーンやってみる。ちょっとどいてくれ」
　そういうと江藤は、ジェーンに代ってパソコンに座り、辞書で調べた始めた。

　15分ほどが経過した後。

「できたぞ」と、江藤はジェーンに声を掛ける。ジェーンはパソコンの画面を眺めると、次のような文章が完成していた。

　拝啓、ジェーン女史。小生は、ベトナム南部の町カントーに在住しているナムと申すものです。
　小生が理解している範囲では、日本ではグレゴリオ暦に従った7月7日に七夕がありますね。しかし小生が居住するすむベトナムでは、他の中華圏諸国同様、旧暦いわゆる太陰暦における日程で、正月などを祝う風習がある。そして2020年は、本日8月25日が七夕に該当する日です。

　そこで、今からわが祖国における、七夕の伝説を紹介しよう。
かつて空に国があると信じられていた時代。その国を統治する王に娘がいた。その娘はある男と恋仲であり、結婚の許しを得るために王に直談判する。王は結婚を許すが、怠けずに働くことを条件として義務づけた。
だが、晴れて夫婦になったふたりは、仕事もせず遊びほうけてしまったのだ。

　それを知った王は怒りに満ちてしまい、ふたりを銀河の川を隔てた両岸に別々に住まわせてしまう。ただ7月のみ会うことが許された。ベトナムは日本と違い四季ではなく熱帯モンスーン気候。したがって雨季がある。旧暦7月は雨季。だから今は毎日雨が降る。その理由は月に一度しか会えない、男女の嬉し涙なのだ。

　以上が我が国に伝わる七夕伝説である。連日暑いが、ジェーン女史もお元気で。小生はこれにて手紙の筆を置くこととしよう。

「Great!　さすがエドワード」と嬉しそうなジェーン。早速ナムに対してこの文章を転送した。その様子を見ながらつぶやく江藤。
「俺たちは、こんなベトナムのふたりみたいに、ならないようにしような」「エドワード！なるわけないでしょ。もう今日は遅い明日仕事だから、先に寝るね」
　やや不機嫌そうな表情で自室に戻るジェーン。江藤はその様子を嬉しそうに眺めるのだった。

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こちらは55日目です。

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シリーズ　日々掌編短編小説　221

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