涙の後は晴れ上がる ~二十間道路の桜雨~
「モーベン! 間もなくよ」蒲生久美子はレンタカーのハンドルを握りながら、スコットランド人女性のモーベンに声をかける。
これはちょうど平成から令和に代わろうとしている2019年の4月末。日本の北海道の話であった。
モーベンは、都内にある英会話スクールの講師。2歳年下の久美子はそこの生徒として出会った。ふたりはお互い意気投合し、プライベートでも会う機会が増える。そしてそのまま愛し合う関係になった。
それから1年。突然モーベンは6月にスコットランドに戻ることが決まる。現地の日本語学校に管理職として勤務することになったのだ。その結果久美子とは遠距離恋愛となる。そこでその前に、一緒にあるテーマにした旅行をすることになった。
それはサクラを追いかける旅。
「クミコ、いよいよ最後ね」久美子はハンドルを握りながら口を開く。
「モーベンの夢だったもんね。日本の桜を追いかける旅」
モーベンは口元に笑みを浮かべ「ヨーロッパは長期休暇のバカンスを利用して、みんな桜を見に日本各地を旅するわ。私も一度やってみたかったの」
ふたりは3月下旬に、桜の開花が宣言された鹿児島から熊本まで週末の宿泊旅行をした。以降、1週間おきにちょうど桜が咲いている地点に場所を設定。宿泊旅行をつづけた。
そして4回目の今回だけはロングラン。4泊5日の旅行として、東北から北海道に向かっている。
「初日は盛岡、2日目は弘前、それで3日目が函館で、4日目の昨日が札幌、そして今日が最終日か」久美子はつぶやきながらため息をつく。
今回の旅。基本は公共交通で移動したが、今日だけは千歳空港からレンタカーを借りてきた。北海道は大きいというのもある。だがそれ以上に、最終日に選んだのが「静内二十間道路桜並木」というところだから。
北海道の静内地方にあるここは、7キロメートルにわたって2200本の桜並木が続く。ピンクのトンネルを車で走行するのには、またとない場所なのだ。
ここは新千歳空港から片道2時間。時刻は午後3時になろうとしていた。ここを見終えたらそのまま空港に車を戻す。そして夜のフライトで東京に戻ると、この旅は終わる。
「モーベン、そろそろ桜並木よ」金髪というより茶髪に近いモーベンが久美子のほうに振り向く。「OK! ここからはスロースピードでおねがい」
桜並木が続く道をゆっくりと走る。かつて宮内省の御料牧場を視察する、皇族方のために作られた行啓道路。1916年から3年ほどをかけて、近隣の山から桜を移植したという。
「この道幅が二十間あったからそういう名前なんだって」「にじゅっけん?えっと。クミコそれはメートル法では?」「え、あ、あとで調べるわ」
「Ok! いったん止めてみましょう」モーベンに従った久美子は、駐車帯を見つけるとそこに車を止めた。
「さ、クミコ!外で見ましょう」ふたりは車から出る。モーベンは、青いロングスカート姿。黒いパンツの久美子は桜の木を見渡した。まだ桜は咲き始めたばかりで、花びらよりも蕾が多い。「止んでくれてよかった」
つい30分前から雨が降り出す。今は止んでいた。しかし空に視線を送ると雨雲のようで、やや灰色の濃さが目立つ雲が空全体を覆っている。これではいつ降り出すかわからない。そのためか外に出るとやや湿った感覚がある。
「さっきの二十間だけど、それ約36メートルなんだって」「Ok! Thank you」
笑顔で返事をするモーベン。対照的に久美子はやや暗く真顔になる。
「ねえ、モーベン。ついにこの旅もラストね。どうせなら日本最後の桜が見える、道東の知床羅臼の桜までいて欲しいけど......」
「クミコ無理! シレトコにあるラウスの桜は7月よ。そこまで待ったら私の仕事がパー」
「あ、桜の花びらが雨で」久美子がある花を指さした。桜には先ほどの雨による水滴が溜まっていた。それが花びらの下のあたりに丸い水の固まりを作っている。見た感じ今にも水が落ちようとしていた。
「......」久美子は桜を撮影後、しばらくその花を黙ったまま見つめた。よく見ると目に涙。まるで桜の花びらに合わせているかのよう。
「Oh! クミコ。泣いている」「あ、だって。何となくこの桜もモーベンとの別れを悲しんでいるみたいなの」久美子は少し鼻をすする。
「ちょっと! 馬鹿なこと言わないで。離れ離れになるけど、ネットでいつも連絡取れる」「で、でも......」久美子はモーベンの腕を両手でつかむ。そして体を寄せる。
「誰もいないからいいわね。こうやってモーベンの体のぬくもりを得られるの。あとわずかだから」久美子は顔をモーベンの右の脇近くにうずめた。
「ねえ、クミコ...... なんだか、私まで涙が......」モーベンも目に涙が溜まろうとしている。だがそれを振り切るように大声を出す。
「わかった。クミコ! 雨が降った後は晴れる。だから涙の後も晴れる!」
「え?」久美子が顔を上げた。
「そう、一時的に別れる。けど、ふたりのハートはひとつ。今はやっぱり悲しい。でもその悲しい涙の雨は必ず晴れる。夏のころには私たち、太陽の様にハッピーに笑っていられるわ」
「そ、そうかしら」「そう、だから夏にスコットランドまで遊びに来て」
モーベンはそう言うと、そのまま久美子の顔を見つめて口づけした。
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「あれから2年。現地に行った夏までは晴れてたけど...... 結局遠距離は無理だったか」
自宅にいた久美子は、2年前に静内二十間道路桜並木で撮影した画像。水滴のついた桜を見つけると、過去を思い出す。そして小さくつぶやいた。
「久美子さん、どうしたんですか?」「え!」久美子が我に返るとそこにいるのは、赤いロングスカートをはいた伊豆萌。
そう彼女は、今のパートナーである。
「あ、萌ちゃんいたの。大丈夫よ。今のは萌ちゃんと知り合うずっと昔の話。ゴメンね。そうだ今日何食べる」久美子は誤魔化した。
萌は笑いながら「それは久美子さんに任せます」と言うと、そのまま久美子に体を寄せる。「まあ萌ちゃんたら」と囁く久美子。
そのままふたりはゆっくりと顔を合わせ、口づけをするのだった。
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シリーズ 日々掌編短編小説 465/1000
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