名前の由来　第1077話・1.13

「うん、川の向こうは埼玉県か」グルメ雑誌の編集長茨城は地図に書いてある埼玉県という文字を指さす。彼は東京都内の足立区にあるグルメ店の取材を終えたばかり。今日は本当は休みだったが、先方の都合で休みの日の取材となった。つまり取材が終わったらこの日はもう仕事が終わったのだ。

「最近食べてばかりで運動不足だからな」茨城は仕事柄食べることが多い。その割には運動をあまりしないのだ。だが驚くほど太ってはいないが、それでも体系が明らかにふっくらしていて少し体を動かす必要を感じていた。
「今日は、もう仕事が無いから、ちょっと歩いてみようかなぁ」
　そう思って取材先の仕事が終わった茨城は、北方向、埼玉県方面に向かって歩き出した。花畑というところまできて地図をもう一度確かめる。
「ほう毛長川を越えると埼玉県ね。ほう草加市が近いな。だったら草加まで歩いて帰るとするか」

　そう思い川に向かって歩いていく。ところが川の手前で気になる地名を見つけてしまう。「西袋、へえ、面白い地名だな。まるで西武と池袋が混ざったような名前だ。うん近いな。せっかくだからどんな町か見てみよう」
　茨城は好奇心旺盛である。こうして珍しいところ、行ったことのないところを見つけると、そこに出かけることが多い。だがこれは単なる趣味の範疇を越えていた。なぜならばあまりネットなどの情報に出てこないようなグルメの名店が隠れている可能性があるからだ。
　こうして茨城は毛長川の前まで歩いてきた。橋を渡れば埼玉県の草加市瀬崎に行ける。「草加は後にするとしてと」こうして茨城は橋を渡らず、川沿いに東方向に向けて歩いた。その方向は気になる地名・西袋がある。

　川の前の道は散歩にはちょうどよかった。左側に川が流れていて右側は木々の並木が続いている。別に何かがあるわけではない。何もないといった方が正解かもしれないが、散歩にはちょうど良いのだ。
「こんな時間なんて中々なかったもんなあ」主に都会の中心部にあるチェーン店の取材が多い茨城にとっては、こんな時間はめったにない。だからそれだけで心地よいのだ。思わず大きく深呼吸をした。
「うん、このままいくと綾瀬川との合流点にいくんだな。ほう、伝右川というのもいっしょに合流するのか」茨城は地図アプリをを片手に、ひきつづき歩いていく。実はさらに細い水路もこの場所で合流しているようだ。やがて花畑大鷲神社の北側まで到着した。とはいえ茨城は神社にはあまり興味が無い。

「よし、ここで橋を渡ろうかな」茨城はここで毛長川を渡る。渡ったら埼玉県に入ったと思えば違っていた。このあたりままだ東京都足立区である。地図で確認すると花畑8丁目らしい。そのまま道なりに歩くと先ほど話題にした伝右川の橋を渡る。伝右橋と名のついた橋から右手を見ると水門らしいものが見えた。「なるほどあのあたりで」地図で見ると合流地点がおおむね見えている。橋を渡りそのまま道なりを歩く茨城。左右は団地のような建物が続いているがそのまま歩くと、綾瀬川の前と出る。そこまでくればいよいよ埼玉県西袋に入るのだ。

　こうしてあっさりと埼玉県に入った。「西袋はと」茨城はここで地図を確かめる。もしかして気にあるグルメどころがあるかと思ったが、工場地帯のようでその期待は裏切られる。「何にもなさそうか、まあいいか」茨城は純粋に散歩を楽しむことにした。地図で見ると西袋神社公園というのがある。そこに行くことにした。

「広場のような公園だな」公園に到着した茨城。ここは江戸時代陣屋と呼ばれる大名や代官の建物があったらしい。だが茨城はそれには興味はなかった。ただ思ったよりは広い空間、都内の地下街のお店あるいはビルの中にひしめき合っている中にいることが多い茨城にとっては、こういう開放的な所は心地よかった。

「で、西袋ってどういう名前の由来なんだ」おもむろにスマホを取り出した茨城は、西袋の意味を探し出す。「ほう、なるほど、西に袋状にか」茨城は思わず白い歯を見せる。由来を見るとかつての足立郡の西の方（草加市側）へ袋状に突き出しているという意味でこういう名前がついたらしい。

こうして10分ほど公園にとどまっていた茨城は時計を見た。「さて、そろそろ帰ろうか」近くの駅を探す。駅としては草加駅より谷塚駅の方が近そうだ。「ちょっと遠いかな。でもまだ時間があるし、行ってみよう」こうして茨城はあえて遠方の草加駅を目指した。もしかしたらグルメの名店があるかもしれないと、少し期待しながら。

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