休息の踊子
「休憩入りまーす」「プロイ、お疲れさまでした」プロイは、タイの古典舞踊の踊子。
今は次の公演の出番まで1時間弱の休憩だ。この程度であれば衣装などを着替えることもなく、楽屋で待機する。
「さてと」古典舞踊の踊子といえど、今は21世紀。自前のスマホを片手にいろいろとチェックをしていた。
ところが休憩中にくつろいでいたプロイの前に、年配の女性ヌットが険しい顔をして入ってくる。
「プロイ! 休憩中のところ悪いけど」突然怒鳴り声のような大声を出す。 プロイは鬱陶しい表情のまま、大声のするほうを向く。するとヌットとわかり、すぐに態度が変わる。「せ、先生!」
そうプロイの踊りの先生であった。「先生! あの、なんでしょう」
先生の表情は大変険しい。プロイは瞬時に緊張する。
「あなたね。今日の踊りは何なの? 舞台の袖から見させてもらったけど、全然覇気がないというか。あれでは踊っているというより、踊らされているみたいね。それに余計な振り付けがいくつか入ってたけど。あれ何? まさか舞踊の基本を忘れたの。それともわざと?」
「あ、いえ、その... ...」神妙な面持ちで口答えをしそうになったプロイは、慌て口をつぐむ。
「もう、そんなんじゃ、いつまでたっても脇役しかできないわ。来月は試験でしょ。早くあんたに主役の踊りができるレベルになってほしいんだけど、あれじゃ難しそうね。ちょっと今は休憩中だからあまり言えないけどさ、スマホ見てないで少しでも練習したらどう」
と大声で言い終えると、ヌットはそのまま楽屋を後にした。
「実はスマホで、他の人の踊りの動画見てたのに」先生が立ち去ると、プロイは悲しそうな声を出して涙を浮かべた。
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「またヌット先生に怒られたんだ。まあ、あの先生は特に保守的だからね」
親友で同じ踊り子仲間のアイは、この日の公演が終わって落ち込んでいるプロイに声をかけた。
「でしょう。確かに今日の踊りの一部は、このほうが良いと思って私が勝手にアレンジした。だって元々は宮廷舞踊かもしれないけど、いま創作が入った舞踊も流行っているようなのに」
「わかる。でもまずは基本が大事だから。来月の試験頑張って、一緒に合格しましょう。それで一人前になってから、創作とかいろいろ考えたらいいと思うわ」
アイはそういって励ますが、プロイの表情はさえないまま。
「でも、今からじゃあ。私とても間に合わないわ。アイは大丈夫そうなの」
「うーん、私も微妙かな。でもね。実は短期間で上達できるかもしれない考えがあるの」「え! ホント。アイ教えて」プロイは真顔になって、アイに迫る。
アイは「まあまあ」とプロイをなだめると。
「ねえ、プロイ。明日の千秋楽が終われば、試験当日までまで空いているでしょ」「え、あ、まあその間は短期のバイトしようかと」
「それやめて特訓よ」「特訓! 舞踊の?」驚きのプロイにアイは大きく頷いた。
「でも、どこで。ここの稽古場借りるの?」「違う。そこじゃなく、ある所で住み込みの合宿をするの」
「住み込み、ってどこ?」プロイは不安そうな表情に変わる。アイはそれを察知したのか、無理やり口を緩めて笑顔を作る。
「それは明後日の朝に説明するわ。だから1か月こもる覚悟でいて」
こうしてプロイはアイに言われるまま千秋楽が終わった翌日の朝。荷物をまとめてアイと合流する。そのままアイの運転する車に乗って、ある場所に向かった。
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そして1か月後。
試験の日になった。試験内容については特に指定がなく、本人の好きなものをエントリーできる。そこでプロイはアイとユニットで踊る演目をエントリーした。
これで旨く行けばふたりとも合格するし、逆にふたりとも不合格になる可能性がある。でもふたりはそのつもりでエントリー。こうして試験が始まった。試験会場にはタイの民族音楽が鳴り響きだす。伝統的な打楽器や木管楽器、あるいは弦楽器が絶妙に入り混じった音色が流れていく。それまで白を基調とした無機質な21世紀の審査会場のスタジオが、突然過去にタイムトリップ。そんな時代の空気を感じながら、おそろいの民族衣装に着替えたふたりが踊りを開始した。
ふたりの舞踊は息がぴったり。まるで双子の姉妹かのようにも見える。さすがに一カ月もの間、外部との連絡を絶ち切って行った真剣な合宿は、功を奏しているようだ。
数名の審査員の先生たちも、ふたりの魅惑的な舞踊を食い入るように見つめている。このふたりの踊りは、審査員のような立場の人間までも魅了した。見つめていると、その背景が不思議と赤く情熱的に見えてくる。さらにそのまま意識もろとも吸い込まれそうなほどの勢いだ。
こうして演目は終わった。結果は見事合格。晴れてふたりは主役を張れる踊り子になった。
「やった。アイありがとう」「ううん、プロイが頑張ったからよ」ふたりはその場で嬉しさのあまり抱き合う。
そして先生たちも驚きの表情を見せながら拍手をしてくれる。さらにこの息がぴったりのふたりだけの演目を、新しいプログラムとして考えるといった。それだけ内容の完成度が高かった証。
「プロイもアイも、しばらく連絡が取れなくて、どうしたのかしらと思ってたらよく本当によく頑張ったのね。今日は褒めてあげるわ」
あれだけ怖かったヌット先生が、始めてにこやかな笑顔を見せてくれた。
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この日以降、ふたりだけの演目がプログラムの中に追加。ふたりはその演目を独自にアレンジしていく。もうそれに異を唱える者はいない。そしてますます人気が高まっていく。それがいつしか公演全体の目玉になる。
そしてこのときからもうひとつ変わったことがあった。このときからはふたりで同居を開始している。気が付けば普段から来ている服装も似ているし、よく見れば胸にぶら下がったペンダントもおそろいだ。そして演目の途中で見つめあうふたりの表情。それは単なる演技だけなのだろうか?
こちらの企画を元に創作した作品です。
私のために2本描いて頂いたイラストの2本目です。1本目のパパイヤと違い、背景の情熱的な赤のコントラストに東南アジアの風。民族衣装に身を包んだ女性が今風にスマホを手に休憩している作品を元に創作しました。
ちなみに1本目の作品「パパイヤの味」は、こういう嬉しいお知らせが来ました。
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シリーズ 日々掌編短編小説 413/1000
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