令和の弥次喜多道中 その12「熱海へのヒッチハイク」

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こまでのあらすじ
2020年の春、仕事を失い途方に暮れていた喜多達也。突然異世界に巻き込まれ「モトジメ」と名乗る謎の存在から、1年前の2019年に転送され、同時に江戸時代から転送される弥次郎と旅をすることを告げられる。

そして2019年の令和初日に、東京日本橋で江戸時代から転送された弥次郎と会う。「元締め」から半年間この時代の事を教えてもらったという弥次郎と共に、令和の弥次喜多道中がスタート。東京から蒲田、川崎大師と横浜、そのあとは鎌倉、江の島そして小田原、箱根とやって来た。

 喜多達也と弥次郎のふたりは、箱根の見学の後、熱海に向かう途中にある十国峠に立ち寄った。「喜多さんなかなか風景が良かったな。鉄の籠っていうか、乗り物に今日何回乗ったんだ」「弥次さん、10近くは乗ったかも。でも伊豆・甲斐・信濃・駿河・遠江・武蔵・上総・下総・安房・相模、大島・新島・神津島・三宅島・利島が見えるって書いていて、ちょっと大げさかなと思ったが、眺めていて気持ちよかった。やっぱり寄り道して正解」と嬉しそうに笑顔でつぶやく喜多。だが、バス停で次のバスの時間を確認しようとするとその笑顔が消えた。

「ありゃ、弥次さん。今日のバスが終わったみたいだなあ」「いいよ、今日は、いろんなものに乗りすぎた。今から熱海まで歩けりゃいいじゃねえか」
「うん、でもここから熱海までどのくらいだろう」喜多はそういうとスマホで確認する。「ああ、2時間以上かかるよ」
「2時間。いいじゃねえか、おいらが、元々居た時代はずっと歩いたもんだぜ。この時代の人は、歩かなすぎやしねぇか?」
「いま午後4時前か、あまあ夜までには着くかな。よし弥次さん、ウォーキングしよう。熱海まで」

 そういって、熱海まで歩くことにしたふたり。ところが、10分ほど歩くと、喜多が急に右足を滑らせてしまう。その場で前のめりに倒れて両手をつく。
「おい、どうした」「あ、いや大丈夫。だけど油断して足首をひねってしまった。イテテ... ...」「足をひねった? 困ったなあ、おい、歩けるかい」

「あ、歩けるけど、引きつりながらだから、これは相当大変そうだ。何時間かかるんだろう」と、顔をしかめながら喜多はため息をつく。
「ンなこと言ったって、どうしようもねぇじゃねえか。じゃあどうする」
「うーん。ここだとタクシー来ないだろうし... ...。あ、そうだ!ヒッチハイクやってみよう」

「ひ・ひっち?なんだそりゃ」
「ヒッチハイクはこの道を走っている車に、行き先を見せてそこまで乗せてもらうんだ。旅人がよくやっているのを見たことがある。ひそかに憧れていたからちょうどよい」
「い、いや、わかんねえけど、どうやってその、ひ・ひっちっていうのを」戸惑う弥次郎をよそに、喜多は嬉しそうに背負っていたバックパックを外す。そして中を空けてあるものを探した。

「こういう風に行きたいところを書いて」と喜多はバックパックの中に入れいたノートを取りだす。白紙になっている2ページを開いた。そこにマジックで、左のページに「熱」右に「海」と大きく書く。
「弥次さんほら」と喜多が見せると、確かに大きく「熱海」と読める。
「これを車道に向けて運転している人に、見えるように出して」と言ってノートを渡す。「こ、こうか」と、弥次郎がヒッチハイクをする。喜多は傷んだ足をなでながら頷いた。

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 数台の車は弥次郎のヒッチハイクの行為を完全に無視して過ぎ去る。ところがそのあと来た、1台の車が反応して止まった。「おい、とまったぞ」「本当だ、やってみるもんだ。よし」そういうと立ち上がった喜多は、足を引きずり、助手席に座っていた女性に声をかける。
「す、すみません」
「はい!」「熱海まで歩くつもりでしたが、先ほど私は足を負傷してしまいました。もしよろしければ熱海まで送ってもらえないでしょうか」
 助手席の女性は、振り向いて運転席の男性に声をかける。
「ねえ、信二やっぱり困っているわ。後ろの席乗せてあげようよ」「ああ、ニコールわかったよ。悪そうな人じゃないし、人助けになりそうだ。後ろに置いているビールとかの荷物を片付けて」
 こうしてふたりは、無事に座れるように整理された、後ろの席にふたりが乗りこむと、車は再び走り出した」

「あ、ありがとうございます」と改めて頭を下げる喜多。
「いえいえ、僕たちもこの後、熱海に行くので大丈夫ですよ」と運転をしながら信二は答えた。

「いやあ、喜多さんが。ん? でもこちらの姉さん、気のせいか日本人ぽくねぇな」と弥次郎。それを聞いた信二は、不快そうに軽く舌打ちをする。
しかしすぐに、反応して声を出したのはニコール。
「え、あ、はい。私はフィリピン人です。もう日本に長いので、日本語は大丈夫」「へえ、そうですか。失礼ですがお名前は」「おい、ちょっと」と運転している信二がいら立つ。「あ、すみません!ちょっと、弥次さん!」喜多も弥次郎の前に腕を出して会話を止めようとする。

「え、なんで、信二良いじゃない。一期一会よ」「で、でも」「悪い人じゃなさそうだし、大丈夫よ。だから安心してください。私は客商売しているから熱海まで、お相手しますわ」と、笑顔で応じるニコール。それは明らかに営業スマイルという言葉が近そうだ。

「ありがとうございます。では、お若そうですが、姉さんはお店の主人ということで」「いえ、雇われていますが、一応店長です」
「あ、姉さんは番頭さんか。では、お隣の人は旦那さん?」「え!い、いやその」と、弥次郎の容赦ない質問に、慌てる信二。気のせいかハンドルが少し余計に動いてしまった。車体が少し左寄りになっている。「信二!車」「ああ、失礼」慌てて信二はハンドルを戻した。

「すみません、余計なことを言って、あの別に悪い人じゃないので」横で考えごとを始めたのか、黙ったままの弥次郎。をフォローする喜多。
 そのまま弥次郎は暫く黙っていたが、突然「そうだ、おふたりにお礼と言っちゃなんですが、短歌をひとつ」といいだすと。

 熱海まで、見知らぬ人と 道連れに 一期一会 楽しき旅路

 「ああ、すごい!それ俳句ですよね。ひょっとして松尾さん?」
「俳句で松尾って、ひょっとしてフィリピンの人に弥次さん松尾芭蕉と思われている!」喜多は心の底で笑いをこらえた。
「え、ああ、いやこれは短歌で、それにおいら松尾じゃなくて弥次郎って言いやす。こっちは喜多さんね」「あ、はい喜多と申します」
「弥次と喜多、どっかで聞いたことが... ...」信二が頭の中で考えている横で、ニコールも自己紹介。「私は、ニコール・サントスといいます、彼は西岡信二です」「あ、いやニコールさんと西岡さん。今回本当にありがとうございます」喜多は何度も頭を下げる。

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 そんなことをやっていると早くも車は熱海の市内に入っていた。「もうすぐですよ。どちらに」「あ、熱海駅まで」「わかりました」
 信二と喜多のやり取りから5分ほどで無事に熱海駅に到着した。ここで車を降りる喜多と弥次郎。
「ありがとうございます。弥次さん降りるよ」「おう、いやぁ助かった。礼を言うぜ。じゃあ」
「こちらこそ楽しかったです」とニコール。信二も「お役に立ててよかったです」

 こうしてふたりは降りると、車はそのまま出発した。

「さて、どこの旅館にしようか?」
「考えてみたら、車の中で泊まるところ決めておけばよかったんじゃ。そしたら今のカップルなら案内してもらえたかもよ」

「そんな。でもここまでくれば、足を引きづればどうにかなる」と言って歩き出すが、このとき喜多は驚いた。意外にも普通に歩ける。「あれ治ってる」「なんだそりゃ」
「大したことがなくてよかった。じゃあゆっくり探そうか」と嬉しそうに喜多は、弥次郎とともに熱海の町中に歩きだすのだった。


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こちらは80日目です。(8合目、ゴールが少しずつ)

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