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おにぎりを食べよう 6.18

「やっぱりぜいたくになるわね」鶴岡春香はそう言ってため息をつく。「うん、これこそ高額当選者の落とし穴。注意しつつも、ついつい今まで手に入らないものについつい目が行ってしまう」
 同様に酒田洋平もため息をついた。

 奇跡の一等当選から間もなく2か月。10億もの大金を目の前に、マイホームの購入はともかく、あとはできるだけ今まで通りの質素な生活を考えていた。しかし気が付けば、食事の内容が変わっている。
 例えばいつもなら普通のにぎり寿司を注文するところを特上を頼んだり、焼き肉店では、それまでホルモンや安い部位の肉を頼んでいたものが、特上カルビを選んだりと、明らかに高級志向になっている。
 一般的な人ならそれでも『まだ金がある』と言わんばかりに贅沢を続けそうなものだが、このふたりは堅実派なのか、この状況に危機感を持ちつつあった。

「お昼はかつてのような質素な食べ物にしない」「ああ、質素なものかあ」洋平はそう言って腕を組む。そして視線をやや斜め上方向。
「例えばとにかく『並』にするとか、松竹梅なら『梅』とかそういうのにしない」「いや、まてよ」洋平は不満そうな表情。
「まずそういうたぐいのものから離れよう。もっと質素なものがいい」「ということは?」「まず今日は外食をやめよう」
「え、でも今日なにも用意してないわよ」「弁当を買えばいいじゃないか。外で食べるより安上がりだ」洋平の一言に春香はうなづいた。

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「そうね、最近外食が多かったね。ごめんなさい。私がサボっていたみたいで」買い物に向かうふたり。春香は小さくため息をつきながら落ちついている「春香いいんだ。気づけばいいよ。そういうことに」
 こうして目の前のコンビニに吸い込まれた。「ありゃもう弁当がない!」
「出遅れたか!」「おにぎりならあるわ」春香は空が目立つ棚の中で、一定数残っているおにぎりを見つける。
「コンビニのおにぎりなんて本当に久さしぶりね」春香がコンビニのかごにおにぎりを入れようとすると、その腕をつかむ洋平。「いやまて」
「え、どうしたの」「やっぱりだめだ。コンビニのおにぎりは高い。それ160円もするじゃないか」「だって、コシヒカリって」「だからそれが贅沢だと思う」春香が手にしたおにぎりには、新潟県産のコシヒカリを使っていることを自慢していた。
「ということは......まさかあの、何も入っていない塩結び」春香は上の棚に残っていた塩むすびに視線を送る。
「ではない。まずコンビニではないんだ。スーパーに行こう」「え、じゃあこれも」春香が手にしていたのはインスタントのカップ麺。
「意外にコンビニのカップ麺は高いからやめておこう。それ200円以上するじゃないか。もうわかった。スーパーに行くぞ」と言って洋平は先にコンビニを後にした。春香は商品を戻すと慌ててついていく。

「ねえ、いくら何でもそこまでする必要ないんじゃない!」洋平が徹底的に安いものを求めようとするのを、睨みながら止めようとする春香。
 だが洋平は「この際だから一気に水準を落としたほうが良い。でないとまたダメになりそうだ」と聞く耳を持たない。

 コンビニからスーパーまでは歩いて10分。春香は少し不機嫌な表情だが、もう何も言わずについていく。
 こうしてスーパーに入ったふたり。早速おにぎりなどの総菜を販売しているコーナーに向かった。
「ほら、見ろよこのおにぎり。コンビニの半額以下だ」「でも、あまり残ってないわ」「いいよ。急いで買おう」洋平はわずかに残るおにぎり5個を全部かごに入れた。

「おい、どこ行ったんだ」「あ、これ安いわ!」と春香が持ってきたのは、スパーオリジナルブランドのインスタントラーメン。5袋パックの激安品であった。

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 こうして清算を済ませる。「今までと比べたらずいぶん質素ね」
「もともとはこういうのを食べてたんだ。やっぱりあれが、あたった」「ちょっと洋平!」春香が止める。
「そうだ、あれはそうそう。そうだよな。いや、おなかに当たらないようにって言いたかっただけ」高額当選の事実は、絶対に外で言わないようにふたりで決めていた。

「うん、うん、おいしい。おにぎりだけでも十分!」
 家に帰ってさっそくおにぎり食べるふたり。大きな口を開けておにぎりにかぶりつく。海苔の抵抗が少しあったが歯はあっさりと裁断。そのままご飯の塊、そしてその中に入っているシャケの切り身まで一気に分離。歯によって分離され、そのまま口の中に入ったおにぎりは何度も加味下されながらうまみ成分が口の中に浸透。こうして十分に砕かれると水を含みながらのどに流れていった。

「ああ、うまい。うん、袋だけ取ったらその場で気軽に食べられる」気が付いたら洋平は自分の分をすべて耐ええている。「3個食べただけで十分の中にたまるぜ」洋平は満足げに黄色いTシャツ越しにおなかを利き手でなでた。
「私は2個で十分だったわ」と、ちょうど食べ終わった春香も笑顔。「ということは今晩はインスタント麺ね」春香は立ち上がって、袋麺を戸棚にしまう。

「そうそう、たまには外食もいいけど普段は質素でないと」独り言。
「そうだ、洋平今度は手作りのおにぎり作ろうか」と戻って春香がいう。洋平は嬉しそうに立ち上がる。「ああ、それが一番いい。えっと米はあるな。だったら具材を買いに行くぞ」

「え! さっき言ったところなのに」驚いて目を見開く春香。「いいんだよ。これは食後の運動だ」と早くも玄関に向かう洋平だった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 513/1000

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