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至福のスイーツ 第1062話・12.26

「さて、終わったな」ケーキ屋の店主は、時計を眺めながら閉店の準備を始めた。ここはとある個人経営のケーキ店。洋館のような2階建ての建物の1階が売り場である。今年のクリスマスケーキの売り上げは例年よりは良かったようで、ショーケースにはほとんどケーキの在庫が残っていない。

 とりあえず良い年が越せそうだとにこやかだ。「『去年はひとり用のショートケーキだったけど、今年は2人用のホールケーキ、至福のスイーツだ』なんてつぶやいているカップルもいたわ」店主夫人も嬉しそうに後片付けをしている。ケーキ作りは職人である夫・店主がやるので、夫人は接客と会計担当だ。売上額を見ながら思わず口元が緩む。

「さて、いつものように、クリスマス翌日に俺たちのお祝いだな」店主はそう言って笑顔になる。12月はとにかくケーキをいつも以上に作り続ける日。まずは予約のケーキを受け付けそれを作るが、やはり当日に買いに来る人もいる。他の個人店なら嫌がりそうな当日のケーキ受付を堂々とやるのが、店主のこだわりだ。
 それが全て終わり、間もなく日付が変わろうとしているときにようやく後片付けが終わる。あとは翌日完全なるプライベートで店主が余ったクリスマスケーキにひと手間を加えたものを夫婦で食べるのだ。

 翌日の26日、お店はクリスマスの翌日は曜日関係なしに休みとなる。店主は前日までの疲れをものともせず午前中には起き始めて準備を始めた。自宅は店の2階なので、そのまま下に降りるだけ。いつものキッチンで余ったクリスマスのホールケーキが目の前にあった。
 店主はここからオリジナルのアレンジを加える。店主は家族向けとわかっていても目が真剣であった。
 なぜならばこれは新作メニューの実験でもある。試してみて商品価値が見いださせれば、来年の新作メニューになる可能性が高い。

「そうそう、あそこのデパートの地下で販売しているケーキの相場知っているかしら」店主夫人が話しかけてきた。
「ああ、もちろん知っているよ。確かに材料にはいいものを使っているようだが、あの大きさであの料金はないな。うちの倍もするじゃないか」
 店主はそう言いながら、クリスマスケーキに次々と手を加えだす。2時間くらいでオリジナルケーキが完成した。

「今年も気合が入っているわね」店主夫人が出来たばかりのオリジナルケーキをじっくりと眺めている。
「いつものことだが商売の商品をもとに、ひと手間加えるだけですまないな」店主は苦笑い。こんなことを言っても否定するような夫人ではないとわかっているからだろう。

 こうして目の前のケーキを前に紅茶を飲む。「ありきたりだけど、やっぱり至福のスイーツね」と言って夫人がナイフを入れる。店主にとっては自ら作り上げたものがこわわされる瞬間だ、わかっていてもあまり好きな場面ではない。
「食べ物を芸術作品にように作っているから、本当に時間限定だな」店主はそう言いながら自ら作ったケーキを食べる。店主は芸術系の大学出身。だが芸術の才能に限界を感じていた。結局バイトしていたケーキ屋さんに弟子入りを志願して、ケーキ職人になったという経歴を持つ。

「世間はもう年末モード、海外ではボクシングデーというのがあるのにな」独り言のようにつぶやきながら店主はケーキを食べる。
「それ毎年聞いているわ。教会が貧しい人に配ったクリスマスプレゼントの箱のことでしょう。日本は仏教とと神社の国だから仕方ないんじゃないの?」「そっか、口癖だったな」店主は紅茶を飲みながら白い歯を見せる。
「それよりも、これからはそば屋さんが忙しくなりそうね」店主夫人は窓から外を眺めた。視線の先には和風の建物が見える。隣にそば屋があるのだが、いつも自分たちの店が落ち着くクリスマスが終わると、年越しそばの準備のためそば屋さんが大忙しになった。まるで忙しいのを順番に共有しているかのようだ。

「さてと」あっという間にケーキを食べ終えた店主は立ち上がる。
「今年の営業はあと数日あるからな。そうそう28日誕生日の鈴木さんは?」
「今年も受けていますよ」店主夫人はまだケーキを半分残しているが、目の前に置いているいつも手放さない予約帳を見た。このケーキ屋さんは長くやっている個人店だから、鈴木さんのような常連客も多い。
「そうか、で、このケーキのアレンジどう思う」「いいと思うわ。今回もおいしいくて問題なかったし、センスもばっちりよ。鈴木さんにそれ伝えたら『至福のスィーツだ!』って絶対に喜ぶわ」
「新作第一号だもんな」夫人にそういわれて安心した表情の店主は、一言発すると、定休日なのにそのま1階の職場まで降りていく。店主夫人はそのまま残りのケーキを食べる。だが10分後にやはり店の下に降りていく。結構働き者の夫婦なのだ。


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シリーズ 日々掌編短編小説 1062/1000

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