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月が出た炭鉱跡  第618話・10.2

「洋平こんなところまで突き合せてごめんね」鶴岡春香は、同棲中の酒田洋平と九州の福岡に来ていた。「いいよ、俺たちはたから、あ!」慌てて口を押える洋平。ふたりにとって数ヶ月前に突然起こった宝くじの高額当選は、人生を大きく変えた。
 宝くじの話を一切外に漏らさないように努力しているふたり。できるだけ派手な生活をしないように戒めつつも、新しい土地付きの家を購入している。それは注文住宅で、今は大工が建築をしている最中だ。

「その話はとりあえず置いといて、今回はおじいちゃんに頼まれたからね」
 ふたりの人生が大きく変わっている中、春香の祖父に末期がんが見つかってしまう。医者より余命3か月と言われてしまった。
 入院してから日々弱ってきているが、意識ははっきりしている。そして先日春香が見舞いに行ったとき、意外なことを言い出した。
「田川の炭鉱がどうなっているかのう」

 詳しい話を聞けば、祖父の父つまり春香から見て曽祖父は、福岡の筑豊・田川の炭鉱にて鉱夫として働いていたそうで、祖父は小学生のころまでこの地にいた。しかし鉱山が閉鎖されてしまい、やむなく曽祖父は仕事を求めて親族のいる関東に向かったという。
 その話を祖父が突然し始めた。自らの人生が間もなく終わることを悟ったのか、孫の春香に現在の様子を見て来てほしいと言いだす。

「おじいちゃん、生まれたのは炭坑節の発祥の場所だって、昔はよく歌っていたわ」「へえ、ん?あれ?」洋平は首をかしげる。
「それ『月が出た出た月がぁでた』という民謡だろ。あれって、確か大牟田の三池炭鉱って言ってなかったか?」
 洋平に対して春香は首を横に振る。「私も最初はそうだと思ったの。でもどうも違うらしくて、それは歌詞が途中から変わったんだって。元々は田川の炭鉱のことだっていうのよ。何度も調べたら、それは間違いなかったわ」

「そうなのか。お、あれ見ろよ。香春駅だって。お前の名前逆になっているぞ」ふたりは新幹線で小倉まで来て日田彦山線に乗り換えた列車の中。
「あ、本当だ」ちょうど列車が止まった駅名を見て春香も驚く。「いや、だから何だってこともないが、もうすぐだな」洋平は目指している、田川伊田駅が間もなくであることを確認した。

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 しばらくして列車は田川伊田駅に到着。「石炭記念公園がすぐ目の前だけど、駅の反対側だな」「うん、ここでひいじいちゃんが働いて、おじいちゃんが生まれたのね」春香は感慨深そうに駅の周りの風景を眺めている。
 こうしてふたりは石炭記念公園にむかった。鉄道のガード下をくぐるとすぐに右に曲がる。左手に盛り土のようなところがあった。そこから道なりに歩いていくと、右手に公園の敷地が現れる。「お、有名な2本の煙突が見えるな」洋平はシンボルでもある煙突を見て嬉しそう。
「ちょっと待って!」煙突の方に向かおうとする洋平を春香が止める。「どうした?」「一番最初に行きたいところがあるの」
 春香に言われるまま洋平は従う。場所は公園の北側にあった銅像。「これなの。炭坑夫之像よ」

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「お、これはこの炭鉱で働いていた人をイメージした銅像か」リアルな男女の像に洋平は思わず息をのんだ。
「これちゃんと調べたんだけど、山名常人という人の作品で、昭和10年代のイメージなんだって。仕事を終えて帰る鉱夫とその奥さんよ」
「へえ、炭坑で働くって大変な仕事だったんだろうな。だって男の人の顔の表情が厳しそうだ」洋平はスマホでこの像を撮影。そして横にいる春香もこの像を撮影した。「想像だけど、このふたりがおじいちゃんの両親、だからひいじいちゃんとひいばあちゃんを想像してしまったわ」
 春香の表情は嬉しそう。見たこともないご先祖様に出会ったかのようであった。

 このあとふたりはお目当てのふたつの煙突の前をはじめ、炭坑節発祥の碑を見る。そのあとは田川市石炭・歴史博物館に入って石炭関連の資料を見学した。
 そのあとは赤いタワーのようなものを眺める。「これが旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓ね。石炭のあった地底から人や石炭等を運ぶための乗り物を昇降させるものよ」
 春香の説明にうなづきながらうれしそうな洋平。「でも、俺、こういうの見ると一度乗ってみたい気がする」
「ちょっと、遊園地のアトラクションとは違うわ。洋平が炭鉱に行っても多分3日でやめそう」「おい春香、そんなこと言うな! 時代が違うって。でも俺はやっぱりメダカの飼育がいいや」

ーーーーー

 こうして公園の見学を一通り終えたふたり。「おい、どうだった。じいちゃんの記憶を撮れたか」
「う、うん、でももう公園になっているから『違う!』とか言われそうだけど......」春香は少し気が重い。
「実際に行ったけど、ここまで公園になっていたと思っていなかったので、ちょっと期待外れかな。もっと廃墟のようなイメージの方が、おじいちゃんには良かったのかも」春香はどんどん声のトーンが下がる。
「いや、そんなことないよ。例えばこの写真なんかはいいんじゃないか」洋平は、わざと元気な声を出した。それは自ら撮影した炭坑夫之像の写真を見せる。

「これ見せたら、ご両親を思い出すんじゃないかな」
「そ、そうね。うん、これ見せるわ」少し元気になる春香。「でも、ねえ、私たちもこの夫婦みたいになりたいわね」と、春香はすぐに意外なことを言い出した。
「あ、そうだな。うん、そうそう」洋平はそう答える。そして本気で結婚のことを頭に思い浮かべるのだった。


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