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ペパーミントを出荷しよう 6.20

「ああ、ミントの上に虫が乗っているわ」私はさわやかに感じる緑がまばゆいミントの上に吸い付く虫を取り除いた。ここは私の小さな農園コスモスファーム。いろんな種類の野菜を育てて販売している。
「それにしてもミントをアイテムに加えたのは正解だったわ」私はそう言ってミントを見た。私の所で育てているのはペパーミント。生命力が強くかつ害虫に強い。そのうえ用途が豊富で需要がある。冬にも夏にも強く収穫時期が年中。
「唯一の問題は強すぎることね。ミントエリアにほかの作物植えられないわ」私は他の農作物とは距離のある最も奥に用意した小さなミント畑を眺めながら、ミントを始めて紹介してもらった一年前を思い出した。

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「今日はお客さんなの」私の畑に彼一郎が、大学の研究者仲間を連れてきたの。「初めまして、葛西です。葛西という男性はもやしのように細い体をしていた。彼の1年後輩で同じ哲学を研究しているの。
「噂には聞いていました。真理恵さんの畑のこと、いつも気になっていたんです」葛西さんはそういうので、私はさっそく畑を案内したの。そしたらすごく興味深く丁寧に畑を見ていたわ。
「決して大きくないのに、いろんな野菜を植えられているんですね」「え、ええ。ありがとうございます」
「どうだ、葛西。そして夜になれば、あそこでいつもふたりで天体観測をするんだ」彼は得意げに葛西さんにいろいろ説明している。
「いやあ、うらやましいです。僕もこんな生活いつかしたいです」と笑顔で白い歯を見せる葛西。
 そのあと何かを思い出す。「あ、あのう」
「葛西どうした?」「あれは栽培していないんですね」「あれとは? 葛西さん」
「ミントですよ。ペパーミント。あれ自宅で栽培しているんですがいいですよ。香りもあって」
 そのあと葛西さんは得意げな表情で私たちふたりにペパーミントのすばらしさを語り始めたの。ペパーミントとスペアミントの違い、あとニホンハッカとの違いとか。

 葛西さんは夜になって帰って行ったあと、彼といつもの天体観測。その途中でもミントの話題で盛り上がって、それならミントを育てようとなったのね。ミントの苗を買うまでの間、私は徹底的にペパーミントを調べた。
「でも、まさかベトナム料理の生春巻きにも使うなんてね」私はペパーミントがあまりにもすごいことを知った。そして苗を手に入れた当日。空いている場所に植えた。それがすべての始まり......。

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「最初は勘違いして、別の作物がやられたこともあったけどね」私はミントの生命力の強さに、手を焼いたことを思い出す。でも今はずっと離れた奥に隔離した。周りにあるのは枯れてもよい雑草しかないところ。ここには緑いっぱいのミントが広がっている。

「真理恵、そこにいたのか」私が振り返ると彼が近くまで来た。「今日お客さんが来るの忘れてただろう。カフェ日下のオーナーさん。中で待ってるぞ」
 私は慌てた。商談のアポを取っていたことを思い出す。「ご、ごめんなさい」あわててミント畑から離れた。

 そして5分もたたないうちに再びミント畑に戻る。私の他に一郎と近所にある『カフェ日下』のオーナー。
「ほう、これはまた元気なミントが育ってますな」「ここのペパーミントは薬とかは基本的に使わないので、洗えばすぐに使えますよ」私が解説する。
「いいですね。ぜひ来週から出荷をお願いしたいです」「え、さっそく!」 
 私はあまりにも簡単に商談が進んで驚いた。オーナーは満面の笑み。
「実はいつも遠くからティー用のペパーミントを仕入れていましたが、こんな近くにあるとは。見た目もきれいだし。これならスィーツの添え物にもばっちりだ。コスモスさんのペパーミントお願いします」
 オーナーは、私たちの親くらいの年の人。でも丁寧に頭を下げて帰って行かれた。

「良かったなあ。『カフェ日下』といえばこの地域の一番店じゃないか」
 一郎が嬉しそうに私の腕を優しく触る。「そ、そうね」私はまだ驚きのほうが大きくて、うれしさはにじみ出ていない。有名店との連絡のやり取りは彼がやってくれた。この日を迎えるまでどんなやり取り、交渉があったのか私は知らない。でもあんなにうれしそうだったら頑張ってよいミントを育てようと嬉しくなった。

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「よし、今日も天体観測だな」嬉しそうな彼は、望遠鏡をいつもの所に持ってくる。
「さて、どのくらい近づいたかな」一郎は西方向に望遠鏡をセットしている。彼が言うにはこのタイミングでは火星とプレセペ星団が大接近しているというの。
「3日後に最接近するらしいが、うーん、どうなんだろう」彼は首をかしげる。「見てみるか」彼に言われて私も見た。でも誓うづいているなんて言われても。「わからない」と、正直に答えた。

「うん、ここは頭の中で描いてみるか」「どういうこと?」「昔の人は星座というものを思いついた。そんな想像力は現代人にはない。でも頭で疑問を追求するように考えるんだ。そして頑張れば」とつぶやきながら再び望遠鏡を眺めている。
「考えながら想像するなんてやっぱり哲学者ぽいわ」と私はつぶやいた。
 そして遠くに視線を向ける。そこにあるのは暗くなって緑に深みを感じるペパーミント。まるで新しい出荷先に向かうことを心待ちにしているかのように、私には見えた。



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シリーズ 日々掌編短編小説 515/1000

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