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越南の書道

こちらの続きのようになっていますが、単独作品です・

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「ホアちゃん!どこに行ったの?ヒッ」月見で日本酒を飲んで酔いが少し残っている圭。さっきまで団子を食べながら月をふたりで眺めていたが、その最中に、知らぬ間に眠ってしまったようだ。目が覚めると横にいるはずのホアがいない。

 圭が後ろを振り向くとホアが、テーブルで何か作業をしている。
「何しているの?」「うん、ちょっと書道をしたくなった」とホア。するとテーブルには、黒い書道用の下敷きが敷かれていて、その上に半紙が置いてある。その上には文鎮で固定されており、右側には硯(すずり)。そこには墨汁が、なみなみとに入っていた。そしてその横に置いてあるのは、太めの筆と細筆が1本ずつ。

「それ俺が子供のときに習っていた書道教室で使っていた道具だ。よく見つけたね」
「うん、さっきトイレ行ったとき、そのときはまだ酔ってたらしくて、少しふらついたの。それで戸棚に手を置いたら、何か落ちかけてきたんだ。だからそれに手を置いたら、触ったことのない感触があったわ。それで気になって取りだしたらこれだったのよ」

 圭は、ホアが準備した書道道具を、数秒間ほど黙って見つめる。
「そうか、懐かしいなあ。俺、中学まで書道を頑張ったんだ。だけど確か段取るまであとわずかというところで、結局諦めたんだ」そういって圭は懐かしそうに書道道具に視線を送り続けた。

「で、でも、ここんな夜遅くに書道って?」圭は、ホアが突然おかしなことをはじめたので、思わず声が裏がる。
「うん、これの準備してたら、私酔いが完全に冷めちゃった。だって圭さんが寝てからは、ずっと水しか飲んでないもん。準備したしちょっと書いてみる」そういって、筆を手にすると、その先を硯にたまっている墨に先を染みつかせた。
「書いてみるって!ホアちゃん、書道なんかしたことあるの?」

 ホアは手にした筆をいったん、硯の上に置く。そして圭のほうを見る。さっきまで、少し赤くなっていた顔はもう元に戻っていた。
「あるよ、日本に来る前に少しだけ」「え、それは初耳だ。ベトナムにいたときに日本の書道教室とか通っていたんだ」
「違うよ、ベトナム書道」「ベトナム書道!そんなのがあるの?」
「うん、向こうにいたときに、少しだけやったことがある」

「確かベトナムの文字は」「クォックグーよ。でも昔はチュノムという中国にない文字と漢字をセットにして使っていたの」
「なるほど。日本にも確かそういう独自の漢字がいくつかあったはず。で、その後に今の文字は、フランス人が考えたんだよね」
 ホアは、ここで口を少し緩ませて嬉しそうな表情に。「あ、圭さんよく知ってるね。それ言ったことあったけ」

「それは見たらなんとなくわかるよ。ベトナムのもじって無理やりアルファベットになっている。それで上とか下を見ると、声が上がり下がりするための、記号みたいなのついてるし」
「あれは1651年に、フランス人産教師のアレクサンドル・ドゥ・ロードを考案したらしいのね。で、19世紀くらいから一般人への教育が始まったそうよ」
「へえー」圭はまた初めてのことを知ったとばかりに、微笑みながら腕を組んだ「そう考えると、昔の日本人はすごいと思うわ。だって自分たちで勝手に漢字を崩して、ひらがなとかカタカナ作ったなんて。それにひらがな可愛いし」「だからホアちゃん日本に憧れて」
「それもあるかもね。でもそれ以上に圭さんに知り合えたのが一番!」
 と言うと、ホアは甘えるようなそぶりで、圭の目を見つめる。

「で、そのクォックグーで今から書くの」「そう、やってみるわ」
ここで、ホアは筆を再び手に取り、半紙に筆先をぶつける。そしてそのまま紙の上で滑らせるように動かした。こうしてベトナム文字のクォックグーで書き切る。
「できた!」

チョコレート

「ん?ショコラ??かな」「そうチョコレートよ」
「なんで急にチョコレートなの?」
「だってさっきのライスワインの味が辛かったの。だからなんとなく甘いもの食べたくなった」
「えっと月餅じゃなくて」「バイン・チュン・トゥのこと」
「あ、それ。絶対甘いよあれ」
「でも圭さん途中で寝ちゃったし、それなら圭さん起きてから食べようと思っていたの。だからまだ食べてないよ」

 「そうか、じゃあ後で食べよう。と、その前に俺にもそのクォックグーで、一度書かせてよ」
「いいよ、紙はここにある」とホアは、自分の作品を横に置き、新しい半紙を下敷きの上に置いた。それを文鎮で固定する。
 圭は紙の正面を向くと筆を取る。「ホアちゃん、ベトナム書道のコツとかあるの」「うーん。多分、絵を描くように文字を書いたらいいと思う」

「わかった、それでは」と圭は、筆を硯に入った墨に静かにつける。そしてゆっくりと筆を動かしながら、うまく筆先の毛になじませると、今度は、そのまま引き上げて余分な墨は、硯を使って取り除いた。そうすると、今度は行き酔い良く腕を振り上げ、半紙に筆の先を一気に衝突させる。
 さすがに圭は、書道教室で段近くまで目指したことがあるらしく、そのまま流れるように動き出す。まるで半紙の上でスケートでもするかのような筆さばき。これはホアよりもはるかにスムーズだ。そしてあっという間に書き上げる。
「どう、オマケもあるけど」

バレンタインデー

「あ、これバレンタインデーだ!」
「だって、ホアちゃんがチョコレートなんて書くかくら、それだったらバレンタインデーかなーって思って。俺の知っている数少ないベトナム文字だし」ホアはしばらく見続けて口元をさらに緩めた。
「いいわ。バレンタインデーなんて本当は、4か月くらい先だけど、これハートまでついて素敵!ありがとう圭さん」といって圭に飛びつこうとするホア。

「まって、ホアちゃん!」と、叫ぶ圭。しかし間に合わなかった。
 ホアが突然動いたために、ホアの体が硯にぶつかり、そのままテーブルから落ちかける。寸前のところで圭が手で押さえ、ひっくり返らない。だから墨が床にこぼれずに済む。しかし代わりに硯をおさえた手が、真っ黒けになってしまうのだった。




※こちらの企画に参加してみました。
(創作墨字の企画だったので、近いものをと思っていましたところ、昔お遊びで書いたベトナム書道の画像が出てきたので、それを使って作品を書いてみました)

※こちらの企画、10月10日まで募集しています。 あと9日
(エントリー不要!飛び入り大歓迎!! 興味ありましたら是非)

こちらは92日目です。

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シリーズ 日々掌編短編小説 257

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