七草を集める
「だから無理に七草集めなくてもいいって」私は彼にそういったのに「いやセット以外で、あと3草探してくる」と出て行って3時間。
私には小さな農園「コスモスファーム」を経営していて、1月7日に七草粥として食べる「春の七草」のうち、次の4つはすでに畑で栽培していたの。
それは、せり、なずな、すずな、すずしろ の4つ。
セリは近くの水田のあぜ道でも自生しているけど、私はちゃんと自分の畑の一区画で栽培している。なずなは「ぺんぺん草」とかよばれて、一見あまり良いイメージじゃないけど、七草の他に漢方の生薬でも使われるからって聞いたの。
ちょうど彼が研究者として通っている大学の人で、東洋医学を研究している人からから彼を通じて相談を受けたのよね。
だから昨年から始めたばかり。とりあえず無事に生育して今年の七草には問題ないわ。
あとすずなは蕪(かぶ)、すずしろは大根の別名。だから普通に栽培しているから問題ないの。さてあと3つは無理よね。スーパーではこの時期7つの草をセットで売っているそうだけど、すでに4つ手に入るから、それを買うのはもったいないわ。
もう私としては4草粥で十分だと思うんだけど、彼はどうしても納得できないのね。「七草は古代からある風習で、7つと決まっているから4草ではよくない」って言うんだもん。さて暗くなってくれるまで戻ってくれるかな。もうこの4草は水でしっかり洗って、いつでも調理して食べられるんだけど。
真理恵は、畑のある西のほうを向いた。間もなく日が沈もうとしているためか光が優しくなり、オレンジがかっている。「いつ戻ってくるんだろう」思わず何度もため息をついた。
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「すっかり暗くなったけど、手に入れて来たぞ」ようやく彼が戻ってきた。「お帰り、どうやって見つけたの?」「ホームセンターの園芸コーナーで」と、彼は大きな発泡スチロールの箱を肩にかけて戻ってきた。
「え! どういうこと?」私はてっきりスーパーか八百屋で買ってくるものだと思っていたので思わず聞き返す。
「ホームセンターには園芸コーナーがあるだろう。この辺ではなく電車に乗った街中にある大きな○○で」「ああ、○○! あそこ確かに園芸コーナー充実しているわ」私は全くうっかりしていた。○○の園芸コーナーで作物用の種を良く買いに行くの。それを畑に撒くというのに、完全に忘れているんだから。
「だろう、だから行ったんだ。そしたらちゃんと売ってたよ」笑顔の彼一郎は、肩にかけていた大きな発泡スチロールを置いてふたを開けた。するとそこには小さな9つの苗が収まっている。
「え、9つもあるけど、なんで! ごぎょう、はこべら、ほとけのざ の3つじゃないの?」
「ああ、3種類の草を3苗ずつかってきたんだ。ひとつは今回七草として食べるとして、後はそのまま畑で栽培してみないか」「あ、あああ。そ、そうね」私は意外性の連続。例えば共通の趣味である天体観測のときにはよくあることだけど、まさか春の七草でこういう展開になるとは思わなかったわ。
「例えば、ごぎょう(ハハコグサ)と、はこべら(はこべ)は、薬用として使えるから、なずなと同じ扱いで、うまくいけば漢方薬局に生薬として卸すことができるかもしれない」彼は蘊蓄(うんちく)を語り出し、自慢げに胸を張って話を続ける。
「そ、そうね。なずなとセットで頑張れば、確かに今までとは違う新しい顧客が生まれるかもしれないわ」私は、うなづいて彼の意見に追随するのがが精いっぱい。
「あとのほとけのざ(コオニタビラコ)は、どうやら薬用の利用は無いようだが、これも栽培すれば、七草すべてそろう。
そうすればコスモスファームのオリジナル商品。『七草粥セット』として売れるぞ」そういって彼は小さな苗を手に取って口元を緩ませる。
「あ、そうね。さすが一郎。素敵! 常連の皆さんが喜ぶわ」私はそこまで考えてくれた彼のことが本当にうれしくなり、笑顔になってそのまま抱き着いた。
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「さあ、もう暗くなってきた。お、もう冬の天体が現れだしたぞ」彼が上を向いて指をさす。私はそのほうを見ると、今日は雲が全くないの。だから肉眼でもはっきり星が見える。まだ夜になったばかりなのに、すでにいくつも顔を出していた。
「今日はいろんな星が見れそうだ。ペルセウス座、ぎょしゃ座、おうし座あたりがメイン。あと惑星同士も接近するようだし。うん、たのしみだなあ」
「じゃあ今日はご飯より先に天体観測ね」私は星空を見ながら彼に尋ねてみた。
「そうだな。終わってから少し早いが七草粥を食べてみるか。寝る前は粥とかお腹に優しいほうが絶対によさそうだし」
「うん、わかった。じゃあ私はこのうちの3つの苗は食用に用意するわ」といって3つの苗をとりだしてそのままキッチンに運んだ」「よし俺は望遠鏡のセッティングだ」
彼も私に聞こえるように大きな声を出すと、奥にある望遠鏡を撮りに行った。
※次の企画募集中 → 皆さんの画像をお借りします 画像で創作1月分
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シリーズ 日々掌編短編小説 352