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ノイズの世界 第771話・3.5

「え!こ、これって何? いったい何が、どうしたというんだ!」いつものように街を歩いていたが、突然目の前にノイズが発生した。これはいわゆる砂嵐というもの。それもテレビなどの受信機がそうなったのではない。目の前の風景が突然ノイズが入ってしまい、砂嵐のような風景になっていたのだ。

「理解できない」当然ながらそう思った。後ろを振り向く。やはりそこも同じようにノイズで何も見えなくなっている。「これでは歩けない」だけど目は見えている気がする。そこは暗闇ではない。だが目の前は砂嵐、白っぽい背景に無数の黒い点が見えているというべきか。ただテレビの砂嵐やラジオの周波数が合っていないときのような雑音は聞こえないし、また何らかの匂いもない。

「焦るな、落ち着け」そう言い聞かせるとまずは大きく深呼吸。目の前の黒い点。鼻から息を吸ったからと言ってそれが入ってはこない。少し安心した。もし入ってきたら別のことで頭を悩ましただろう。次に手を動かした。手が何かの障害がない。黒い点がぶつかるようなことも何もなく、普通に手が動く。「もしかして目にゴミか?」次にいったん目をつぶってみた。「目を開けたら元に戻っているかも」と、少しだけ期待してゆっくりと目を開ける。だが全く変わらない。何度も瞬きをしてみた。やはり何も変わらない。では「目をこすったらどうだ」と思った。幸いにも手は動く、手を目のすぐ前に持ってきて目をこすろうとした。するとかすかに手の輪郭が見える。「近いと見えるのか」手を目の前から前後に動かすと確かに、手の輪郭が濃くなったり薄くなったり。思い切り近づける。すると手が見える。ノイズの中から手が浮き上がった。だがその距離は10センチに満たない気がした。今すぐにでも手が目にぶつかりそう。

「視力も悪くないようだ」どうやら急に失明したとか、視力が大幅に低下したとかそういうことではないらしい。では一体何が起こっているのか。確かめようにもわからない、どこに壁があるのか、もしくは逆に谷になっていないかその判断がつかないから、前にも後ろにも動けない。「落ち着け、そうだ直前の記憶を」ここで世界がノイズだけになってしまった、直前の世界の風景を思い出そうとする。もしかしたらその場で何らかの理由でノイズが入ったのかもしれない。であれば、そこは直前にいた風景と同じ。それを思い出せば、ここから感覚で動けるかもしれないと考えた。

「集中しよう」精神を統一しようといったん目をつぶった、過去の記憶ほんの数分前の記憶を思い出す。だが、そこに至るまでの過程、朝起きてから何をしていた。そしてどうやってここに来たのか記憶を追いかける。
 ところがわからないが記憶障害が起きているのかもしれない。どんだけ頑張っても思い出せないのだ。思い出せないがいわゆる記憶は完全に消滅していないようだ。少なくとも自分が何者だとかそういう属性は覚えている。

「朝からの記憶がない。夢か」ありきたりだが顔を殴ろうとした。しかし、目の前はノイズのため手の姿が見えない。直前に見えるとそのまま顔に衝撃、そして痛みが走った。「いて」夢ではない。「現実の世界がこれ?いったい何があったのか。何かの天変地異が起きた?」次に手をズボンのポケットに入れてみた。いつもポケットにスマホを持っているから手探りでスマホのようなものを探し当てた。それを慎重に利き手で引き上げる。手の感触だけで顔のすぐ目の前まで持ってきた。するとうっすらとスマホの輪郭が見えてきた。

「これで見るには立ったままでは」そう思ったので、しゃがんでみることにした。ここは道路の真ん中かもしれない。だがそんなことは言ってられないのだ。いったんスマホをポケットに戻すと、この場に座ることにした。感覚とはすばらしいものだ。たとえ目の前がノイズだとしても座ることができた。「すわれた。感触はアスファルトではないな。土か草の上かな」そんな想像をしながらスマホを取り出す。それを顔の直前までつける。そして輪郭が見えた。だがこれでもまだやりにくい。「寝ちゃおうか」もうここが外だろうが中だろうが気にしない。

「見えるのは砂嵐、ノイズの世界なのだ」自分にそう言い聞かせると仰向けに寝た。仰向けに寝て後頭部からの感触は、やはりアスファルトのような固いものではない。だが上空も左右も視界にあるのは砂嵐とノイズのみ。ここで三度目のスマホを近づける。今までの中では最も近づけるような気がした。ここで目のぎりぎりまでスマホを持ってくる。スマホは輪郭からその液晶パネルに移っているアイコンがかすかに見えてきた。もちろんはっきりはわからないが、中に入っているアプリの種類もわかる。

「ニュースかな」最初にニュースを見るアプリで、何か世界に異変が起きていないかチェックしようとした。ところがその前に別のアイコンが視線に飛び込んだ。「カメラ?」そのときにちょっと面白いことを考えた。このノイズの世界がいつまで続くものなのかわからないのに、この不思議な世界をカメラで撮影したらどうなるのかやってみようとなった。カメラのアイコンをさわると、カメラが起動しノイズでうっすらと見えるカメラの画面。もちろんその先にもノイズが映っている。「よし」ここで押してみた。するとカメラ画面からはなぜか青空が映っている。

「え?」その瞬間、急に視界からノイズが消えた。「ここは?」青空が広がる公園の芝生の上にいる。「あれ、戻っているぞ」完全に元の世界に戻っていた。あのノイズはどこを見ても完全になくなっている。

「あ!」思い出した。ノイズの世界が始まる直前のこと、確か公園を歩いていた。天気も良いので芝生で寝転がろうと思ってよいところがないか歩く。そのまま気持ちよさそうな芝生の上に来たので、横になろうと思ったとき、公園のところからある会社の広告が貼っているのが見えた。その広告の中にどういうわけか、テレビのノイズつまり砂嵐の写真がある。それを見て何を思ったのか?それを撮ってみようと考えた。そしてシャッタを押した瞬間に起きたこと。

 すべてを思い出しその方向を見る。その会社の広告らしいものが見えるだが、そこにはノイズの写真はない。代わりにあるのは、サーフィンができそうな大きな波の写真。このとき一瞬「またあれを撮影したらどうなるのか」という好奇心が湧いた。湧いたが実際には、防衛反応が働いたのか結局撮影することはない。どうやら少し賢くなったようだ。


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