竹林の線路跡 第587話・9.1
「え? そんなところがあるのですか」
電話口から驚きの声を上げる人。それを聞いた大手旅行会社の代理店・店長・真中康夫は、うれしさがこみあげて仕方がない。
「ええ、そうなんです。鳥取は砂丘だけではありませんから。ぜひご検討を」そう言って電話を切る。
「店長、また砂丘のことで」ショートカットの女性スタッフが、首を時計回り動かしながらがらつぶやいた。
「ああ、やっぱり鳥取は、砂丘しかないと思っているんだろうなあ。砂丘はあるのは鳥取でも東の鳥取市だよ。この県のまん中にある倉吉にはないってんだよ」
康夫は頭を掻きながらついつい語気を強めた。
「ですよね。さっきのお客様も似たようなものでした。大山の話をしてこられたのですが、これも西の米子のほうですから」
「ああ、まあどうしてもなら、どちらも鳥取県内の名所だ。砂丘だって大山だって案内するさ。だけど真ん中の倉吉もいいところあるのにな」
「ええ、倉吉白壁土蔵群をはじめ、少し郊外にある三朝温泉、それからえっと、あ、鳥取二十世紀梨記念館のなしっこ館もありますしね」
「そうだ。そしてあのフォトジェニックな世界だ。あれこそが一押しなんだよ!」
「あ、所長、今日駅に」スタッフは思い出したように声を出す。「ああ俊樹だな。うん、彼らは俺がガイドする。よし、留守は君に任せたぞ」康夫はそういうと席を発ち、事務所を出た。
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「俊樹さん、倉吉というか鳥取って初めてです」「涼香さん、そうなんだ。まさかこうやって一緒に旅行できるとは。でも職場には、このことがばれないようにしないといけませんね」
真中俊樹は、最近付き合い始めた竹岸涼香と倉吉の駅に来ていた。
「俊樹さん、私たちはお互いライバル会社に所属していることはわかってます。でも私はあなたと一緒になれたら」涼香はうっとりとした目で俊樹に体を寄せて見つめる。俊樹はそんな涼香の気持ちを受け入れようと必死。
「ええ、いつかは成さなければらならないでしょう。僕が風鈴ハウスで、涼香さんが受雷工務店と言うライバル関係。
一般的にあってはならない恋かもしれません。でももう時代は21世紀です。必ず僕が何らかの方法でこの問題に対処します。だから涼香さん、いましばらく、周囲には黙っておいてください」
俊樹が力強く宣言する。ところがそれが聞こえたのか「おい、なんかずいぶん気合入ってんな!」と言う大声。
「あ、どうも」ふたりの目の前に現れたのは康夫だ。5歳年下の俊樹とは、いとこの関係である。
「紹介します。こちら僕と同じ業界にいる竹岸涼香さんです」慌てて紹介する俊樹。すぐに涼香は俊樹から離れて「真中さんに誘われて、初めて倉吉にきました。よろしくお願いします」と頭を下げる。
それでも一目でふたりの関係を見抜いた康夫。ついつい口を緩ませながらも「ようこそ倉吉へ。さ、三朝温泉まで案内しましょう」と営業スマイルで対応する。
「さ、あまり広くないですがどうぞ」康夫が乗ってきた。小型乗用車に乗り込むふたり。今回はうまく調整してふたりで共通の休みを確保してきた。そして、俊樹のいとこが住む倉吉にある三朝温泉で宿泊する予定だ。
ふたりが乗った車は倉吉駅から動き出す。康夫は運転しながらガイドを始める。「まあ、俊樹は知っているかもしれないが、竹岸さんに説明しないといけないからガイドするね。どうぞよろしく」と軽快に挨拶すると、いつものようにガイドを始めた。
「三朝温泉は、世界でも有数の放射能を含む温泉です」「え、放射能!」俊樹とともに後部座席に座っていた涼香は思わず声を出す。
「あ、放射能と言っても安心して下さい。自然に出ていて人体には悪い影響はないレベルですね。ラジウムとかラドンが大量に出ています。寧ろ健康に良いとのことで、三つ目の朝を迎えるころには、病が消えるという伝承があるほどなんです」
涼香の想定外の驚きに、康夫は驚きどころか、むしろいろんな質問をしてくれそうだとばかりに楽しさすら感じている。
「伝承では、平安時代末期に発見され、明治以降はいろんな文人が訪れています」
「文人か、そういう人たちの家ってどんな設計がいいのだろう」「涼香さん、今は仕事のことは」横で俊樹がささやくようにたしなめた。
「えっと、まだチェックインの時間には、少し余裕があるのですが」運転しながら康夫は何か提案する。
「康夫兄ちゃん、どこか案内してくれるの」俊樹の声。「ああ、そうなんだ。俊樹いいか?」「いいよ。倉吉のことは兄ちゃんに任せるよ」
康夫は大きく頷くと、三朝温泉とは違う方向にハンドルを回した。
「おい、どこまで行くんだ」予想よりも遠いようで俊樹が少し焦りだす。「心配するな。せっかく俊樹がその、え、と竹岸さんと遊びに来てくれたんだ。とっておきの所に連れててやるから」と、ハンドルを握りながら答える康夫、俊樹はそれ以上何も言えない。
何も知らない涼香は、ただ車窓から見える道の風景を楽しそうに眺めているだけ。
「よし、ついたぞ」ここだ。突然車を止めた康夫。
「え? ここどこ」「まあ行ってみな。あそこをまがったらすぐだ。俺はここで待っている。気の済むまで楽しんだらいい」
車を降りたふたりは、康夫に教えられたところに向かう。「のんびりしたところね」「うん、康夫兄ちゃんがいないと絶対にこれなかったよ」
ふたりは引き続き歩いていく。すると足元にある物をみつけた。
「俊樹さん、これ線路では?」涼香が見つけたものは確かに線路である。並行している二本の金属の棒が、ずっと奥まで続いていた。「ああ、これは倉吉線の廃線跡だな。へえ今でも線路が残っているんだ」
ここでふたりは線路沿いに歩く。そしてあるところを目の前にして立ち止まった。「おお!」同時に完成の声を上げるふたり。
「すごい、両方に竹林が覆われているところに線路」「なんと幻想的だ。廃線と言うのが残念だ」
ふたりは感動のあまりしばらく声が出ない。そしてスマホを賭しだして撮影を始めた。
「あ、俊樹さん、列車が来た」突然意外なことを言う涼香。「え、まさか廃線のはず」慌てて首を動かす俊樹。だがその瞬間、涼香は俊樹の後ろから抱き着いた。
「嘘、でもこうやって俊樹さんとふたりでずっといるのが楽しいな」と耳元でつぶやく涼香。俊樹は周りに誰もいないことを確認する。そして涼香の口に自らの口をつけるのだった。
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