シルクロードの月夜
「そうか、わかった。大樹ゆっくりでええ。待っておるぞ」そういってスマホの通話を切ったのは伊豆茂。
「大樹君?」「ママ、そうじゃ。孫はワシに似て律儀じゃからな。大学を出たのが遅れたから、ここに来るのが約束の時間より15分くらい遅れるという連絡じゃ。まだ時間に余裕があるし、会社でもないのに、気を使ってわざわざ電話してきたんじゃのう」そういうと茂は、カウンターに置いているコーヒーを口に含んだ。
ここは、レトロな昭和の喫茶店・皇帝貴族でのひとコマ。ひとりで店を切り盛りしている女主人は、茂と同世代の高齢者である。十数年の常連客である茂とカウンター越しに会話を交わしていた。
「でも、ママすまなかったのう。大樹のために」「いいのよ。大樹君のトランペットの生演奏が聴きたいって、お客さんが本当に多いのよ。だけど」
「ん?どうしたんじゃ」心配そうな表情を見せながら、少しブラウンに染めているパーマをかけた髪を気にするように触る女主人。
「うちの店、年寄ばっかりだけどいいかしら」「今さら何を気にしとるんじゃ!そんなの初めからわかっておる。逆に年寄りのほうがやりやすいって、大樹が言っておったぞ。同世代の若者の前だとまだ恥ずかしいからとか」
それを聞いた女主人は、ちょっと安心したのか口元が緩んだ。
「さて大樹のライブ開始時間まで、あと2時間か。もう店閉めるじゃろ」「うーん 多分もう誰も来ないとは思うけど、一応開けておくわ。茂さんごめんね」
という女主人。「そうか、ああワシは別に構わんよ」と茂がつぶやくと、コーヒーに口をつける。そのあと寂しそうにトイレに向かった。女主人はカウンターの中から出てくると、テーブル席を掃除する。
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「あれ、これ午前中の方の忘れ物かしら」「ん?どうしたんじゃ」トイレから出てきた茂。「あ、これ。こんな雑誌、うちの店にはおいてないわ」という。見ると旅に関する雑誌のようだ。
「ママ見覚えがないのか」「ええ」「と、言ってももうすぐ大樹が来るし、演奏を聴く客も来るじゃろう。とりあえずカウンターに置いておくか。見た限りでは、結構読んだ跡があって、紙がくしゃくしゃになっとるのう。もう取りに来ないんじゃないか」
「そうかしら、一応取りに来てもいいように保管しておくわ」と言って女主人は雑誌を取ろうとする。「ちょっと待って」と言って茂が、その雑誌を横取りした。
「何!茂さん、勝手に」「いいじゃろう、少し見るくらい」
「もう、忘れた人にも責任あるから。でも汚したら駄目よ」「わかっとる」と言って茂はカウンターの席に戻り、雑誌を持ってくると中身を見る。
「お、これはシルクロードの特集じゃな」「シルクロード... ...」女主人は、つぶやくとそこで金縛りのように固まった。
「ん、ママ、シルクロードを知らんのか?」「い、いえ逆なの。シルクロードってあの人のあこがれの場所だった」
「あ、亡くなったこの店のマスターか」女主人は黙ってうなづく。
「そう、あの人が行きたかったのよ。シルクロードに。昔テレビで特集をしているのを見ていて、いつもいつか行きたいって言ってたわ。『敦煌』『トルファン』『クチャ』それから『カシュガル』とか」
「ほう、ワシはあまり詳しくないが、そんなに気になってたのじゃな」「ええ、あの人が嬉しそうに暇さえあれば写真見ていたわ。それで昔だから新聞の折り込みチラシの後ろ側の白いところあるじゃない」女主人は視線を遠くに置きながら懐かしそうに語りだす。
「ああ、そこに書き込むんじゃな」「そう、あの人はいつも最初に西安からスタートして、1泊目がここでとかやっていたの。それで全部回ったら、軽く2週間かかっちゃうのよね。だけどちょっと行く勇気が無かった。でも思い切っていくべきだったわ。あの人その希望を果たせないままだったから... ...」
「そうか、何じゃ悪いもの見せてしまったようじゃ」茂は静かにつぶやくと開いていた雑誌を閉じる。しかし女主人は首を横に振った。
「そうじゃないの、逆に懐かしくなったのよ!砂漠が広がるゴビ砂漠。夜になったら星空がきれいなんでしょうね」「じゃろうな。多分何もないところだろうし」
「それから月が見える夜って、幻想的にすごくロマンチックじゃないかしら」女主人はまるで若かりし頃を思い出すように目を潤ませる。
「これには、夜の写真あったかな」と再び雑誌を広げる茂。
「あ、でもそれは取りに来る人がいるかもしれないから私は見ないでおくわ」と女主人は雑誌を見ようとはしない。
「そうか、でもママもアイフォンもってるじゃろ。それで情報を」「だから私はアンドロイド端末だって。わかっているけど、機械的な情報よりも、なんとなく幻想的な物語とかそういうのが良いわ」
「それじゃったら本を買うしかないんじゃろうな。どんな話があるんじゃろうな。西遊記はそうじゃったかな」「あ、西遊記はそうかもだけど、ちょっと違うの。もっと幻想的なのないかしらね。ああでも懐かしい」
とそのとき、店の入り口についている鈴が鳴る。
「はーい!」「あ、ゴメンナサイ。今来ました。大樹です」
「あ、大樹君!待ってたわ」にこやかな女店主。「まあまだ時間大丈夫じゃろ。コーヒー飲むか」
「うん、先に準備してからもらうよ」そういうと大樹は、さっそく楽器のケースを床に置き、中に入っているトランペットを確認する。
「わかった。じゃあママ。ワシのほうでもシルクロードで面白いのがないか調べてみるぞ」
「そうしてくれる。なんか懐かしくなったから、私、写真とか物語を見ながら、あの人との思い出に立ってみるわ」
「え、シルクロード?」とここで大樹が声を出す。
「大樹どうしたんじゃ」「いや、じいちゃん。今、シルクロードって言わなかった」「ああ、ママの思い出らしいんじゃ。大樹は知らんじゃろうな。シルクロードがテーマになっている物語とか」
大樹はしばらく手を休めた。すると何かを思い出したように、茂のほうに振り向く。「そうだ。面白い物語があるんだ」と、言って何かをひらめく。突然スマホを操作してあるページを差し示した。
「ほう、いいなこれは。かぐや姫とシルクロードがテーマになっているような物語じゃな」
「へえ、面白そうね。これ読んでシルクロードの砂漠地帯に行って幻想的な気分になれそうよ」と嬉しそうな女主人は、自分のスマホを取りだす。
そして想像以上に手慣れた手つきで、そのページを見つけると、すぐにお気に入りに登録した。
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「そうだ」と大樹が突然大声を出す。「どうしたんじゃ」
「せっかくお客さんが来てくれるから、ちょっとサービスしようかな」
「サービス?なにすんじゃ一体」
「この物語をイメージした曲。いや実はせっかくだから、創作で何か吹けたらと思っていたんだ」と言って大樹は、作業を再開。トランペットを取りだす。
「無理するなよ」と茂が声をかける。「大丈夫!多分、多分だけどね」と、なぜか途中からテンションが下がり気味になる大樹。
それを見て少し心配そうに見つめる茂であった。
※こちらの企画に半ば強引に参加してみました。
追記:今回紹介した、くにんさんとは、結構古くからフォローをさせていただいている方。そして私と同じ小説を書いておられます。以前に私のお出かけの企画にも参加してくださいました。
そして今回紹介する長編ファンタジー「月の砂漠のかぐや姫」は、シルクロードのあたりが舞台になっています。
シルクロードのあたりも非常に気になっている私にとっては、毎日非常に楽しみにしている作品。
そこには竹取物語の要素も入っていて大河小説という名にふさわしいでしょう。非常にロングランな作品。ぜひおすすめさせていただきたいと思います。
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シリーズ 日々掌編短編小説 271
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