ちらしを作って旅の思い出に浸る 6.27

 今日のバイト先での勤務を終え、挨拶を済ませた正樹は、足早にロッカーに行きそのまま退社しようとした。しかしそれを見逃さない影が正樹の間に立ちはだかる。
「おう、今日はずいぶん速足だなあ」「あ、敦夫さんお疲れ様です」

「お疲れ様じゃねえよ。正樹よ、お前俺に何か隠しごとしてんじゃねえのか?」ふたりは同性愛者つまりゲイカップルである。「え、ま、まさかそんな。敦夫さんにそんなことありえません」正樹は首を横に振った。

「じゃあなんでそんなに急いでいるんだ」「あ、実は、今から行くところがあるんです」正樹は体を小さくして小刻みにうなづきながら小声になる。
「どこに行くんだ?」対照的に仁王立ちしたような敦夫。

「え、あ、料理教室です。来週のための」というと正樹は顔を赤らめながらその場から小走りに去っていく。
「ああ、そう言うことが、別に俺たちだけの食事など出来合い物で良いと思うんだが、あいつ料理作るのか?」
 遠くに離れていく正樹を見ながら敦夫は微笑んだ。

ーーーーーー
 そして1週間近くが過ぎた日。この日は敦夫も正樹も休みなので、一緒に過ごす日。『ボーイズデー』と呼ぶこの日は、お互い交代で相手の家まで遊びに行く。今日は敦夫が正樹の家に遊びに行く番。
「あいつ、料理教室って言ってたなあ。何作ってるんだ」敦夫は正樹のマンションのブザーを鳴らすと。すぐに正樹が明けてくれた。
 見ると正樹は白いTシャツの上から青いエプロン姿。そして頭には、エプロンとおそろいの色のキャップ。そしてつばを後ろ向きにかぶっている。
「敦夫さん、待ってました。今ちらし寿司を作っています」
「お、お前、ちらし寿司を作る教室に行ってたのか」
 敦夫の質問に正樹は笑顔のまま答えていく。「はい、どうせならしっかりした物を作ろうと。本当は海鮮チラシも考えたんだけど、良く考えたらそのまま刺身として食べた方がおいしいなんてね」

「ああ、確かにな。で海鮮はどうしたんだ」「冷蔵庫です。食べる直前にだします」「そうか、でチラシ寿司は?」
「もうほとんど完成。あとは仕上げです。敦夫さんはビール飲んで待っていてください」
 だが敦夫は手を前に出して左右に動かす。「おう、そのくらい手伝ってやるよ。心配するな」
 と言ってキッチンに入ってきた。
「キッチンにはお盆に小さな器が並べられ、そこには具材がきれいに並べられている。その横には酢飯が置いていた」

「もう盛り付けるだけか」「そうです。前の日まで具材のほとんどは作っています。干しシイタケの煮物、酢レンコン、錦糸卵とかそうなんです」
 正樹は自慢げにチラシ寿司作りの工程を説明し始める。
「錦糸卵は冷凍しました。本当は当日のほうがおいしいらいんですが、間に合わなくて敦夫さんに迷惑かけたらと」
「ふん、気にするな。そんなこと。それにしてもいろんな具材を集めたな。ゆでたエビ、ん?これは、まさか」敦夫はエビの隣に置いていたやや黒みがかった朱色の小さな丸の食材を気にする」
「それ、いくらのしょうゆ漬けです。見栄えが良くなると聞いたので」と正樹。

「ずいぶんお金かけたな。よし盛り付けるぞ」敦夫は手を洗い。そのまますし飯の上に具材を乗せる。乗せる場所は勝手にすると正樹に怒られそうな気がしたのか、ひとつずつ正樹の指示を仰いだ。「敦夫さん、優しい」正樹は心の中でそう呟き奈良ら支持をする。こうして仲良くふたりで仕上げたチラシ寿司が、完成した。

「あ、刺身を」正樹は冷蔵庫から刺身を取り出す。敦夫は先にビールをぐたりのグラスに注いでいく。
「さて、今日は休み。俺たちボーイズでーだ。ゆっくり飲むぞ」「敦夫さん、いただきまーすカンパーイ」ふたりは乾杯する。

 さっそく敦夫は豪快に複数の刺身を2.3切れ単位を箸で摘むと、そのままクレーンのように引き上げて、一気に醤油の小さなプールに投下。
 醤油の黒っぽい液体がついた切り身の上にはグリーンな色合いが爽やかな、わさびが擦り付けられる。再び箸に挟まれ宙づり状態。そしてそのまま敦夫の口に投げ入れられた。
 中で歯を動かす目をつぶって味わいを確かめる敦夫。「うん、いいねえ。こうやってごちそうを食べると普段のストレスが発散するよ」

「じゃあ僕は、さっそくちらし寿司を」正樹はちらしずしの報にとりわけスプーンを向ける。ところがいったん躊躇(ちゅうちょ)する。「あ、せっかく盛りつけたのに」「気にするな食べないと意味ないぞ」「は、はい」正樹は目をつぶって、ちらしずしの盛り付けを破壊。そのまま自らの専用の取り皿に入れていく。
「ここからちらしずしをいよいよ口の中に」正樹は恐る恐る習ったちらしずしを口に入れて味わう。「料理教室の時とうん、うん」上司べるたびに満足の頷きを入れる正樹。

「どうだったんだ」ビールを飲み終えた敦夫が様子を気にした。「ほぼ同じ味です。よかったぁ。ちらしずしの作り方取得できました」
 と全身からあふれんばかりの笑顔。敦夫もそれを見て安心して目を細め、そしてビールを再び次ぐ。

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「で、何でちらし寿司を作ろうと思ったんだ」敦夫は少し酔いが回り、さらに饒舌なる。
「それは、敦夫さんが」「え? おれがちらし寿司??」正樹が敦夫からの言葉で思いついた発想というが、肝心の敦夫には意味が分からない。
「いや、これはうまい。だけど俺別にちらしずしに思い入れなんてなかったが、お前にそんなこと言ったっけ?」敦夫は首をかしげながらコップのビールを口付ける。

「はい、あの。日本のじゃななくてベトナムのちらし」「ベトナム?」敦夫は顔を上げて目をつぶり、記憶を引き出そうとする。この間十数秒。ようやく何かを思い出したようだ。
「ああ、わかった『コムアンフー(Cơm âm phủ) 』のことだな。ベトナム料理なんだが、ちらしずしに似た料理なんだ。そう昔一度だけベトナムに行ったことがあってな」
「その旅の話は始めて聞きます」「おうそうか、まあ同級生のグループと行った。ああ断っておくが、その中には恋愛対象はいない。純粋な友達だ。彼らとな、ベトナム中部に観光に行った。その中にフエという町があってそこの料理なんだ」
 敦夫はそういうと、スマホを取り出して何か操作した。「おお、残っていた。俺唯一の海外旅行の写真だ。これ、これがコムアンフーだ」そう言うと正樹にスマホに映し出された画像を見せた。

コムアンフー

「これが、べトンナムのちらし寿司なんですか?」正樹は興味深く画像の料理を眺める。
「ちらし寿司というかこれらと一緒に混ぜて食べたな。フエには大きな宮殿の跡があるんだ。たしか古い王朝があったそうだったかな。その歴史ある建物は高温多湿の場所だから、壁が黒っぽくて湿っていた。ただその日は晴れていて、いやあ暑かったねえ。ビールがガンガン飲めたよ。そうそう壁の上に建っているいる建物は中国っぽかったなぁ」
「へえ、中国風の王宮かぁ。それ僕の友達が北京の故宮を見に行って自慢してた」「そうか、確かガイドが中国の王宮を真似たようなことを言ってたな。まあ俺には詳しいことはわからないが」敦夫はここでちらしずしを自らの取り皿の中に入れる。
「それで風景を見た後に食べると、異国のちらしを食べたというか、関係があるのかなとか、そういう感じだったな。ああおいしかった」いつしか敦夫の視線は遠くに向かっていた。そしてちらしずしを口の中に。
「これ食ってたら当時のことが記憶にどんどんよみがえってきた。うん、懐かしい」 正樹は敦夫がうっとりとした表情で思い出に浸っているのを見ながらある決意をした。
「わかりました。僕、次はこれに挑戦します」「え、お前外国の料理を作る気」思わず驚きのあまり敦夫の目が見開いた。

「今は、ネットでレシピいくらでも見つかりますから」と正樹の笑顔。
「こうやって基本のちらし寿司が、しっかり作れたんです。あとはネットのレシピを見ながら自分なりにアレンジしてこのコムアンフーに挑戦します。それから」
「うん、まだ何か?」
「敦夫さんと一度、そのフエに行きたいですね」
「そ、そうだな。いつか一緒にな。お前のコムアンフーも楽しみだ」そう言って敦夫は笑顔で応じた。

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「ごちそうさまでした」「おい、もう少し飲むだろ」「もちろん」ふたりはビールから焼酎のロックに変わっていた。敦夫は焼酎ロックに口を含み。「今日の料理おいしかった。やっぱり手作りは違うなあ」

「そうですね。敦夫さん、決めました。僕この料理教室続けて通います」唐突なことを言う正樹。
「おお、正樹本気だな。それは楽しみだ。次のボーイズデーが来るのが楽しみにしておくよ」「あ、あのうプレッシャーだけは」ここで戸惑う正樹。
「ハッハハハハア! 気にするな。たぶんよほどのことがない限り、正樹の作る料理はおいしいと思う」と豪快に笑うと焼酎を一気に飲み干す。
 正樹は思わず顔を赤らめながら、それを隠すかのように敦夫と同じ焼酎に口をつけるのだった。


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