見下ろす 第736話・1.29
「地上だけの世界で生きるとなれば。なんとつまらない生涯になるのだろう」
一羽の鳥はそう心の中でつぶやく。快晴の空高いところからいつも以上に、真剣なまなざしで頭を下げたまま、地上を見下ろしているのには理由がある。
鳥は、昨夜夢を見た。それは鳥にとっては悪夢と言えるものであろう。
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「お、これは地上ではないか」気がついたら鳥は地上を歩いていた。いつもなら翼を広げ、空中から地上の様子を見て、疲れたら木か電柱などの人工的な建物のどちらかに止まり羽を休める。そして一息ついたら再び羽を広げ、大空を滑空するのだ。
「やっぱり見慣れぬ風景だからか、どうも窮屈だ。道っていうのだっけ。なんと狭い空間なんだ。とっとと広い空に飛ぼうか」鳥はそう思うといつものように羽を広げジャンプした。いつもならこうして空高く飛ぶことができる。だが、なぜかジャンプしてもそれ以上体が飛ばない。重力によって再び地上に戻ってしまうのだ。「あれ、おかしいぞ。もう一度、ほらっ」と鳥は再度飛ぼうとする、だがやはり同じ、一瞬だけ宙に浮くが、すぐに落下。なぜか飛べなくなっていた。
「ええ、この地上から出られないの。ちょっと待ってくれよ!」鳥は焦り、何度もジャンプを試みるが結果は同じ。「羽根に問題があるのか?」鳥は立ったまま羽根を確認した。だが羽根に異常はない。別に大きく伸ばしても激痛が走らないから、折れているとかそういうこともない。なのに飛べないのだ。
「え、なぜ、なぜ飛べないんだ!」鳥は鳴き声を荒げながら、現実を前に気持ちが萎えてしまう。動ける方法は足のみ。しかし足でいくら歩き前に進んだとしても、羽根で滑空するのと比べてはるかに遅いし、それ以上にぎこちない。「これでは敵に襲われたらひとたまりもない。ああ困った」
鳥はすぐ近くに大きな木があるのを見つけた。「登ってみるか」鳥は両足で、木の前まで行くと登ろうとする。だが、足だけでは登れない。「いつも下で見下ろすほかの動物たちのように、手のようなものがあれば」鳥は羽を見た。しかしこれがいわゆる手の代わりになるとは到底思えない。「クソッ」鳥は足で木を叩いた。その直後ある殺気を感じた。「何?」鳥が殺気の方を見ると、自らの体の数倍もある大きな黒い動物がこっちに向かってきているではないか?「あ、あれって猫?」
鳥の思っていた通り、黒猫がこっちに向かっている。「ま、まずい。逃げるしか」鳥は慌てて前に走るように逃げる。だが体の大きさが違うのと、いくら速足を駆使しても、根本の速度が違う。徐々に猫との距離が迫っている。そのうえ最悪なことに猫が鳥の存在に気づいてしまった。猫は明らかに嬉しそうなオーラを放ち、歩くスピードが上がっている。
「や、ヤバイぞ!」鳥は必死で逃げるが、その先は崖になっていた。崖の先には青い海が広がっているが、海までは100メートル近くの落差がある。いつもであれば、羽根を駆使して心地よく滑空できるに違いない。だけど今はそうではない、飛びたくても飛べない状況。
でもこのままでは襲われて命を失うのは時間の問題のようだ。鳥は逃げる。猫との距離がどんどん近づくが、ちょうど崖の前に来た。鳥は頭を下げて見下ろす。断崖の下には海からうねる波が、崖めがけて突進。白いものが激しく舞い、あたりに海水をまき散らしていた。
猫はますます近づく。もう一刻の猶予はない。「もう一度飛べますように」鳥は即座に祈りジャンプ。「あああ!」だが鳥の希望は叶えられず、飛べないまま真っ逆さまに崖の下に転落.....
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「あ、いやな夢だ。この羽根が使えないなんて想像するだけでもだな」悪夢を木の枝で見ていた鳥は、夢での記憶に恐怖におののく。念のために目の前にあった電柱に向かってジャンプ。いつものように羽根が広がり滑空。何の問題もなく電柱に到達した。
「いやあ、良かった。本当に夢でよかったよ」鳥は無事に飛べたことをこんなに感謝したのは初めてであろう。そして思わず地上を見た。よく見ると、夢で出てきたのと同じ黒猫が、地上をゆったりと歩いているのが見える。
「あいつが絶対に来れないのが、この大空。そう鳥は3次元空間を立体的に移動ができる。動物は鳥より知能はあるようだが、基本は2次元の平面移動しかできないんだな」
鳥はようやく頭を上に向けた。上には雲ひとつない青空が広がっている。「よし、大空めがけてジャンプだ!」鳥はこうして電柱から飛ぶ。もちろん問題なく羽根が広がり、青空の3次元空間を心地よく飛んでいくのだった。
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