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夏祭り 第878話・6.20

「あ、本当に珍しいこともあるわね」独り言を呟いた伊豆萌。それを優しそうな瞳で近づいてきたのは、年上のパートナーで、同棲中の蒲生久美子である。
「萌ちゃんどうしたの?珍しいことって」「あっ久美子さん、うん、珍しく弟から相談が来たから、ちょっと人生の先輩として乗ってあげたの」
「弟って大樹くん?」久美子は萌のすぐ横に座った。
「そう、あの子はおじいちゃん子だから普段はおじいちゃんに相談するのに、どうしたのかしら?珍しいわ」

「いいことじゃないの。弟の相談に乗ってあげるなんて萌ちゃん素敵よ」久美子は萌の頭をゆっくりなでる。「あ、久美子さん、ま、まだ、明るいのに」萌は心地よさそうな表情をして目をつぶり、頭を久美子の肩にもたれた。
「それより、萌ちゃん。今から夏祭りに行かない?」「え、夏祭りですか」萌は目を開いた。「そう、近所の神社では今日と明日が夏祭り。今日は宵宮かな」
「夏祭り......そうか。もうそういう時期なのね。久美子さん、ぜひ行きましょう」萌は起き上がった。

 ふたりは身支度をして仲良く家を出る。ちょうど夕暮れどき、太陽が沈もうとしている時間のため西側の空は赤い。だがふたりは反対の東の方に歩いていく。本当は浴衣を羽織りたいところだが、急に行くことが決まったのでそこまでせず、ふたりはおそろいの洋服で出かけた。
「そういえば、あんまり近所の神社とか行かないわ」祭りが行われている神社の場所はわかるが、徒歩で15分ほど先にある神社まで普段行くことがない。「駅と反対方向だからね。初詣も都内のメジャーなところ行くし」萌の手をつないでいる久美子も同様だ。

 神社の鳥居まで来た。いわゆる一の鳥居といわれているところで、ここから神社の境内となり、本殿に向かう参道がある。普段は静かな並木道。だがこのときは参道の両サイドに、屋台が並んでいる。金魚すくいやヨーヨー釣り、ベビーカステラ、焼きそばなどの定番のお店が並んでいた。まだ日が落ちたばかりではあるが、結構な人手があり、みんな嬉しそうに屋台を見つめている。
「夏祭りっぽいわ、こんなの久しぶり!」萌は屋台の様子を懐かしそうに眺めた。子供のころに弟や両親と行った頃があるが、さて何年ぶりの事だろうか。
「でしょう。私も偶然に近所で夏祭りをしていること知ったから、だったら萌ちゃんと行こうってね」横にいる久美子も嬉しそうであった。

 どれも気になるものであったが、ふたりはとりあえず神社の本殿に向かう。「二の鳥居」と呼ばれる二番目の鳥居をくぐる。一の鳥居よりも小さめだ。
 二の鳥居を越えると屋台の存在は消えて広いところに出た。正面に拝殿があり、右手に手水舎がある。それから夏祭りだからこそのもの。斜め左側に神社の神輿が置いてあり、照明でライトアップされていた。
「あの神輿、明日町内を練り歩くみたいよ」久美子が神輿を指さす。「私たちの近くも通るのかなあ」「どうかしらね。それは......去年も一昨年も見てないから、それはないと思う」
 萌は、スマホを取り出して神輿を撮影。「あ。だったら私を撮って」すぐに久美子が神輿の前に躍り出た。萌は久美子の笑顔をやはり笑顔になって撮影する。

 この後神社の拝殿に行き、ふたりは本殿に向き合い、手を合わせて参拝する。何を参拝したのかお互い言わなかったが、やはりふたりの関係がこのまま続いてほしいと願ったのだろう。
「さて、萌ちゃん、屋台で何か買おうかな」「そうね、私何がいいかなあ。なんでも気になる。子供のころを思い出すわ」
「子供のころの想いでか......」ここで久美子の表情が少し暗くなる。それを萌はすぐに察知。「久美子さん、どうしたんですか」「え、あ、何でもないのよ萌ちゃん。私はやっぱり大人の屋台がいいわ。さっき見つけたけど、参道のメインストリートから少し離れたところ。あそこおでん屋があって座って食べられるの。お酒も飲めるし。そこがいいかな」

 久美子の表情は元に戻って口元が緩む。萌はそれを見て一安心。「行きましょう。大人の夏祭りはやっぱりお酒ね!」こうしてふたりは、メインの参道から左に曲がった奥にあるおでん屋台へ。他の屋台の数倍の広さがあり、赤い長椅子がおいてある。すでに酒を片手に飲んでいる人の姿が何組描いたが、まだ比較的早い時間のためか、端の方の席が空いていた。
 席に腰かけると「久美子さんにお任せします」と萌。久美子はその言葉が一番喜ぶことを知っている。久美子は「うん、わかったわ!」
 そういうと久美子は立ち上がり、屋台の方に向かうとおでんや酒を注文した。

その間、萌は屋台の屋根から見える夜空を眺める。「へえ、意外に星が見えるわ」萌は都会のオフィスとの往復ばかりなので、住んでいる町の夜空を今までしっかり見ていなかった。
 久美子が注文を終え、カップ酒をふたつ持って戻ってくる。「萌ちゃん、やっぱりおでんは日本酒ね」だが萌はずっと視線を夜空に向けたまま。
「萌ちゃんどうしたの?」「あ、久美子さん。うん、星空って美しいなあって。あの中に七夕様の星もあるかしら」
 それを聞いた久美子は、萌の肩をゆっくりとなでながら「きっとあると思うわ。でも私たちは七夕のように年に一度会うなんでありえないけど」と萌の耳元で囁くようにつぶやくと。
「さ、呑みましょうね。夏まつりを楽しみましょう!」と、急にテンションを上げる。萌は大声で「ハイ!」と応じると、そのままふたりでカップ酒の蓋をとって乾杯した。



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