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Doll's Festival

「わらわは、左右のお主たちとは違うぞよ」
「は、承知しております。ひな人形界の序列第2位の三人官女で、センターを維持されておりますあなた様。このユニットのリーダーであることは当然かと」「うん、ゆえに既婚者である私が、3人の中で唯一座っておるのじゃ」


「エドワード。さっきからなに独り言呟いているの!」パートナーの英国人ジェーンに突っ込まれて我に返る。エドワードこと江藤。
 ここは人形を専門に扱っている店のショーウインドウ。桃の節句まであと1か月というタイミング。ひな人形を売り込もうと大々的なPRを行っている。それを眺めながら独り言を江藤はつぶやいていたのだ。
「ごめん。ちょっとひな人形見てたら、彼女たちだったらどんな会話するかなと思って」
「いやそれはいいけど、なんで三人官女の声なの。上の内裏雛じゃん。普通は」だが江藤はジェーンの笑顔に首を振る。
「ジェーンそれは素人の意見だよ」「はあ? amateur!」

「うん、そりゃ君の言うように、どうせ演じるなら内裏雛って言うのがそう。そりゃひな人形ではトップにいるあの夫婦がメインだ。けど俺としては、脇を固めるキャラクターにスポットを当てたいんだ。その下の五人囃子でもいいだけど、まずは三人官女だよ。この前知ったんだ。真ん中だけ座っているのは、既婚者らしい。多分お局様だよ」

 ジェーンは、江藤の適当な自論を適当にうなづきながら聞き流した。ところが彼女の視線に、別の気になる人が入り込む。途中から江藤ではなくその人を注視した。

「やっぱり、単品売りはダメですか」
「申し訳ございません。ひな人形は基本セットで販売しているものでして」店の人間にそう言われると、女性は悲しそうな表情をしている。ジェーンはなんとなく不憫に感じてしまった。
 だからその女性が店を出て歩き出すと、ジェーンは引き留めてしまう。「スミマセーン!」「あ、はあ、私ですか?」と振り向いた女性は金髪の白人ジェーンを見て瞬時に緊張する。
「はい、先ほどお店で、単品売りを断られた話を聞きました」「あ、ああ他人様に、そんな」女性はさらに固まってしまう。

「あのう単品売りというのは?」しつこく聞くジェーンに、江藤は止めに入る「ジェーン、もういいだろう!」
「え、あ、でもエドワード。それ気になるから」「だからプライバシーの侵害止めろよ」
「なんで? エドワードは困っている人を助ける精神がないの!」

「あ、あのう。おふた方。わかりました。お話させていただきますので、ケンカは」明らかにふたりが口論になる直前。それを察知した女性はいきさつを話し出す。

ーーーー
「私にはひとり娘がいました。しかし10年前に、災害に巻き込まれて死にました」
「あぁ... ...」「ほら、だから。余計な詮索を!」江藤は女性に聞こえない小声でジェーンに突っ込む。
「でも私は、あの子に買ってあげた雛人形については、それからもいつも桃の節句の前後1か月は飾るようにしています。生きていれば今頃20歳代後半の年齢。  
 でいよいよお嫁に行くかもという年ですね。もういないけど。あとは気持ちの問題です。信じてもらえないと思いますが、私にはあの子が見えるから」
 ジェーンと江藤は真剣な面持ちで女性の話を聞く。

「でも、今年もとひな人形を飾ったのですが、一体だけ完全に損傷してしまったんです」「人形が損傷!それは内裏びなの片割れですか?」
 女性は首を横に振ると「いえ、三人官女の真ん中の人形です」と静かにつぶやいた。
「ああぁ」江藤は耳元が熱くなる。さきほどまで冗談交じりで演じたのは、三人官女の真ん中の人形だからだ。
「で、その人形を交換に」「はい、でもお店からはそんな販売はしていない。三人官女3体のセットならあると」
「それは、人形店がおかしいですね。一体ずつ売ればよいものを」

「お店の人が言うには。本来雛人形は子供の健やかな成長を願って飾るものだから、損傷も成長の証。安易に交換するものではない」って言われました。
「人形店の人、ビジネスわかってないですわね」「おい、あまり余計なことを」江藤が窘める。

「たしかに店の言い分は正しいかもしれません。でも私はもうあの子の成長は望めません。だから新しい人形が欲しくて。でもセットの買い替えなんて今更できませんから、せめて単品でもと」女性は暗い表情で語る。

「わかりました。ちょっと待ってください。私にはあてがあります」「え?」
 ジェーンは突然スマホを取り出して操作、誰かに連絡を取る。
「おい、ジェーン誰に連絡してるの?」
「あぁ、あいつだよ、Irori君。Dollの職人」「Irori君ね。でもひな人形は、普通の人形とは... ...」江藤は戸惑うが、ジェーンは全く気にせず。「うん、早いわ! すぐ連絡が来た」と笑顔。

「あ、あのう、今友達から連絡取れました。その真ん中の三人官女修理しません」「ええ、人形の修理!」女性は意外な言葉に声が裏返った。
「彼、ひな人形の専門家では無いのですが、人形そのものの修理ということで。Doll制作・修理のれっきとした職人です。多分大丈夫」とジェーンは笑顔を振りまく。
「あ、はあ。あ、でも、せっかくのご縁ですから」女性は前向きに考えだす。「では彼の連絡先はこちらです。ジェーンの紹介と言ってくれればわかりますから、ぜひ連絡を取ってみてください」と、ジェーンポケットからメモ用紙を取り出すと、Doll職人「Irori」の連絡先を書いて女性に渡した。

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 あれから1か月後。ちょうど3月3日桃の節句の日。Iroriからのメッセージが入った。「ジェーンさん。本当にありがとうございます。ご紹介いただいた人の人形を無事に納品しました。そして大変喜んでくださったのです」とメッセージと共に修理前と修理後の人形の写真が送られてきた。

「へえ、ちゃんと修理できている。『わらわは復活したぞよ』と言っているようだ。ホント良かったな」
「うん、でもこれ見てたら、私もひな人形欲しくなってきたわ。ねえエドワード。私たちもDoll's Festivalやらない。この前ショーウインドー眺めてたし。今日は当日だから人形安くなってないかしら」とジェーンは江藤に体を近づけておねだりのポーズ。
「え、いや、それとこれとは別。あれは子供のものだからね」と必死に逃げる江藤であった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 407/1000

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