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ふくの日 第747話・2.9

「ふう、行きは本当に寒くて強い風だったけど、買い物をしている間に見事に収まったわ」そうつぶやきながらスーパーを出た萌は、行きのように風と寒さに必死に耐えるときと違って、帰り道は余裕をもって歩く。「うぁあ、太陽も出てきたわ。もう、このまま散歩したいけど。そうもね」
 萌は、今日来ている服を選んでもらった、パートナーの待っている家に急いだ。

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「ただいま」「あ、萌ちゃんお帰り。実はね今日は福の日かもよ」と奥から笑顔で出てきたのはパートナーの久美子。萌と一緒に住んでいて、ふたりは百合カップルだ。
「福の日って、どういうことですか」「当たったのよ、応募したら!」萌が見ると久美子は発泡スチロールの箱を両手で抱えている。「何が当たったんですか?魚ですか??」久美子は萌にうなづくと、目の前に発泡スチロールの箱を置く。そのあとフタを取ると、大きなフグが2匹も入っている。
「下関産よ、現地ではフグと言わずにふくと呼ぶそうよ。こんなに大きいともう、ふく三昧ね。ふぐ刺しのテッサに、てっちり、あと焼いてもおいしいわ」
 氷のじゅうたんの上で眠っているように見えるフグは、つい先ほどまで生きていたかのように鮮度が良い。だが嬉しそうな久美子とは対照的に萌の表情は暗い。

「ち、ちょっと待ってください!久美子さん。あの、フグって毒があるんですよ。これ料理用に捌くには、フグの調理ができる免許が必要。素人がやったらダメなんです。私、魚屋でバイトしたことがあるから知ってるの。だから久美子さんこれ無理!」
 慌てる萌だが、久美子は一向に異を変えることなくむしろ自信に満ちたように胸を張る。

「そっか、萌ちゃん知らないのね。言ってなかったかな。じつは私、ふぐ調理師免許持っているの」
「ええ!久美子さん本当ですか」あまりにも意外なことに、萌の目が大きく見開いた。
「うん、私の実家、寿司屋なの。それは知っているわね」「あ、あ、はい」驚いたまま返事をする萌。
「それでさ、お父さんに『できれば調理師とフグの調理師はとっておけ』って言われてさ。無理やり取らされたのね。でも持っておいて正解。だって本当は当選者には捌いたフグが来る予定だったけど、それじゃあ楽しみが半減。だから私『フグの免許持ってます』と、先方に言って丸のまま持ってきてもらったの」
 そこまで言うと久美子は、発泡スチロールの蓋を閉める。そのままキッチンに向かった。

「あ、あ、あ、これ、どうしよう」萌は手に持っていたスーパーの袋を見ながらしばらく固まったが、ようやく我に返り、久美子のいるキッチンに入る。
 キッチンではまな板の上に先ほどのフグが置いていた。久美子は包丁片手に今まさに捌こうとしているときだ。「あの、久美子さん、今日わたし肉買ってきたんです」「え!肉」久美子は作業を止めて萌の方を見る。

「そう、今日は国産の黒毛和牛が、すごい安かったの。売り場に行ったらタイムセールというタイミングにちょうどいたから、一回り以上年上の主婦たちと争奪戦して、ようやく手に入れたの。ほら」
 久美子は肉の入ったパックを見せる。霜降りの利いた見るからに高級そうな黒毛和牛。「これって、○○牛じゃないの。ええ!すごいわ萌ちゃん」
 久美子は肉を見て歓喜する。久美子は大の牛肉好き、萌はそれを知っているから「これは福の日」だと思ってGETしてきたのだ。

 だがしばらくしてふたりは固まった。「どうする、ごちそうがふたつも」「そ、そうですね。久美子さん、片方を冷凍か冷蔵するしかないですね」
「よし、萌ちゃん、肉は熟成させましょう」久美子はそういうとラップを用意し、パックから肉を取り出し、空気が入らないようラップでくるんだ。「さて、確か冷蔵だと美味しいけど、5日くらいしか持たなかったはず。だったら1ヶ月程度は持つ冷凍かな」

「久美子さん、フグはどのくらいあるんですか?」「うーん、3日分くらい」「途中で肉の日入れません。ずっとフグばっかりだと飽きますよ」
 萌の一言に久美子は何度もうなづき。「そうね。そうしましょう」と言って肉は冷蔵庫へ、一晩熟成させて明日食べることになった。

「さて、気を撮り直していくわよ」久美子は再び包丁を手にフグを裁こうとする。しかしすぐには行動に出ない。久美子はフグを見たまま固まっている。
「あの、久美子さん、どうしたんですか?私、せっかくだから久美子さんの捌くところみたいのですが......」心配そうな萌。「あ、萌ちゃん、やっぱりフグって高級だからゆっくりやりたいのよ」と久美子は答えるが、内心久美子は、萌の視線を感じながら焦っていた。
「どうしよう、あのとき大見え切ったけど、フグ捌くのって何年ぶりかしら、捌き方忘れたかも」と、決して口に出せないことを心の中でつぶやくのだった。


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