和菓子の恩 6.16
「ねえ、今日いったん家に戻ってからこれ持ってきたの」高校生の今治美羽は制服姿のまま。バックから店の名前が入った紙に包まれた箱を出す。「うん、何、饅頭か?」見当もつかず適当に答えたのは、学校は違うが、同じ年の尾道拓海。彼も制服姿だ。幼馴染で、今は付き合っているふたり。今日は学校が終わってから会う約束をしていた。
「そうかなあ、これ親戚の叔母さんが和菓子屋さんで買ってきたもの。いっぱい持ってきてくれたの」美羽は和菓子の入っている箱を両手で肩のあたりまでもって前後左右に動かす。すると中身の菓子が動く音がした。
「それで、これ余ったから『友達に上げたら』って、親がひと箱私にくれたの。だけど......同級生の子が、和菓子なんて食べる気しないから」美羽はそう言いながら首をかしげる。
「で、俺にか」「だってひとりで食べきれないし」
戸惑っている美羽を見て拓海は笑う。
「ハハッハハ! いいや。開けてみよう。せんべいだったら、バリバリ食べられてうれしいな」拓海はそう言うとそのまま強引に包装紙を破こうとする。
「あ、そんな破ったらだめよ。ちゃんと後ろのテープから外さないと」美羽がたしなめるが、すでに紙が破れる音が響く。拓海は豪快に包装紙を引きちぎった。
「あ、あ、豪快に破いちゃったね」「ちょっとやりすぎたかな。でも中も豪華な箱だな」拓海は箱を開けようとするが、先に美羽の手が飛んだ。
「これ私やる」拓海が反論も何もすぐに奪い取って、美羽が丁寧に蓋と箱についているテープを取る。
そしてゆっくりと蓋を開けた。すると3列に並んだ和菓子が入っている。列ごとに種類が違うのか、高級そうな紙でできた個別包装の袋には赤、青、緑の色分けがなされていた。それは全体の半分から下の部分で、上の部分はすべて白色で統一。その部分には漢字2文字が書かれていた」
「ああ、この漢字。なんて読むのかしら」美羽は一番左端の赤い包装の袋の和菓子を取り出した。一番上に『寿甘』と書いてある。「隣は違う字を使っているな」拓海はとなりの青い包装の袋を手に取った。「これはなんだろう」そこには『求肥』と書いてある。「それから、これはまた違う字だ」拓海は取り出さなかったが美羽もそのほうに視線を送った。一番右端の緑の包装には『外郎』と書いているのを確認する。
「じゃあ、調べてみるね」美羽はさっそくスマホを取り出すが、それを拓海は止めた。「ちょっと待って。せっかくだからなんて書いているか調べる前に言い合わないか」「え?」「面白いそうしよう。それから答え合わせだ」拓海は口を緩め白い歯を見せる。
「わかった、じゃあこれ」美羽は先ほど拓海が破った包装紙の破片を集めた。「ほら、裏に書けるわ」美羽は包装紙の裏が白いことを確認すると、まちまちの大きさのものを手に取る。少し大きい破片はその場で破って半分に千切った。
「バラバラだけど6あるわ。3枚渡すからこれでお互い書きましょ」「俺、ペン持ってない」
「はい、これ使って」美羽はペンをひとつ拓海に渡した。
こうしてふたりはしばらく沈黙する。不正がないようにお互いの目の前にスマホを置いて触らないようにした。まるでテストを受けているかのように、ふたりは真剣なまなざし。
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「拓海君、できた」「おう、たぶんあってるぜ」早くも自信満々の拓海。「それじゃあ、赤いのからね」と美羽の合図でふたりは一斉に回答を見せる。「私は『じゅかん』と思ったの」「俺は『すあま』だと思う。好きなお菓子だ見たことある気がした」
早速美羽が調べる「あ、すごい拓海君正解! すあま」だって。
「よし、当たった人間が食べるようにしよう」「え! マジで」驚く美羽をよそに、拓海は『すあま』の包装を破る。中にはかまぼこのような形をした『すあま』が入っている。
「これ好きなんだ。いただきまーす」拓海は嬉しそうに口を開けると、一口で口の中に入れた。そのまま目をつぶり何度も顎を動かす。「うまい。うん、このモチモチ具合がいい」拓海は嬉しそうに感想を言う。それを静かな表情で眺めている美羽。そして「次やるわよ」と棒読みに近い口調だ。
次は青いパッケージのもの。求肥と書いていあるものだ。今回も美羽の合図で一斉に出す。「私は『きゅうひ』よ」「俺は『きゅうこ』だ」
美羽は答えを調べる「あ、惜しい。『ぎゅうひ』だって」「美羽、点がたりなかたったか残念」「この場合は」「間違いだからとりあえずなし。次行こう」
「いっぱいあるのに、何でこんなことしてるのかしら」美羽はふと疑問がわく。「最後は緑だな。よし」最後は拓海が合図。最後は外郎とかかれているものふたりが見せ合う。「わたしは『そとろう』」「俺は『げろう』だ」最後は拓海が調べた。「う、ういろうかあ」外をウイと読ませるって、すごいな」
拓海が感心していると、美羽は外郎の入った緑の包装紙を取り出す。「何、間違えてるのに!」「もう、意味わからない。関係なしにいただきます」と言って袋を開ける。中には緑色をした外郎が入っていた。かすかな輝きがある。だから見た目は羊羹(ようかん)のようにも見えた。
「いただきまーす」今度は美羽が口を開ける。さすがに半分だけ食べて口を動かす。「うん、これおいしい」「そ、そうか。だったら俺も」拓海もこうして外郎に手を出した。
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「ふたりで食べたらあっという間ね」気が付けばそれぞれ5個ずつ、合計15個の和菓子盛り合わせを平らげている。ちなみに求肥は、薄く水色の着色がしてあった。
「いつもと違って、和菓子は高そうな気がする。美羽ありがとう」「ううん、拓海君と一緒に食べられてよかった」ふたりは笑顔になって礼を言い合う。
「あれ?」美羽は空になった和菓子の空箱の中にある、小さな案内を見つけた。そして手に取って眺める。
「へえ、この和菓子の会社では和菓子作り体験教室やっているんだって」すぐに拓海もその案内を見る。
「ほんとうだ、隣の県で作っていたのか。いいなあ。今度一緒に行ってみよう」
「うん、和菓子っておいしかったし。作り方知ってたらいいことありそう」「まるで和菓子の恩だな」「ワガシノオン?」
「ほら卒業式で歌うあの歌。何で最初に『和菓子恩』っていうのか疑問だったんだ。洋菓子の恩とかないのかななんて」
「拓海君!」美羽が真顔になる「あのわが師って。先生のことよ」その瞬間ふたりは声に出して笑うのだった。
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シリーズ 日々掌編短編小説 511/1000
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