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競走馬の疾走に叫ぶ声

「エドワード、結構広々しているわ」「ジェーン!なんでまた競馬なんだよ。それもナイター競馬って」
 エドワードこと江藤は、ジェーンと平日の夜の競馬場にやってきた。「競馬場は初めてだから楽しみ」「いや、急に競馬って、公営とはいえギャンブルじゃないか。こんなのにハマったらまずくないか」
「大丈夫。100円から遊べるらしいって」「まあ、100円ならね。でもこういうのにハマって人生棒に振る人って、最初はそこからだから... ...」とやけに心配そうな江藤とは対照的に、楽しそうに胸を張って前を歩くジェーン。

「エドワード!私の故郷イングランド発祥の競馬って、もともとは王族や貴族の遊びだったのよ」「だけど、こういうのって最終的に負けるように」
「ほかの競艇とか競輪じゃなくて、生きた馬もみられるから一度来たかったの。そしたら誘って、あ!」と突然大声を出すジェーンは、右側を見て手を振る。
「ジェーン!」
「あ、春香ちゃん!」エドワードがそのほうに振り向くと、ジェーンが春香という女性と嬉しそうに手を取り合ってさらに、足をお互い小さく飛び跳ねながらあいさつしている。その横に男性がひとり立っていた。「あ、初めまして江藤と申します」とあいさつすると、その男性も同じように「どうも酒田と申します」と一言。見事に対照的で静かなあいさつをする男性陣だ。
「今日9月16日は中央競馬ができた日ということで、競馬の日らしいんですよ。ここは地方競馬ですが、シフトが休みだった春香がどうしても今夜行きたいといったので、特別に勤務している熱帯魚店を早退して、夕方からこちらに来たのです」

「そうなんですか?早退してまで」少し驚き気味の江藤。口をゆがませ笑顔になる酒田。「すでに2レースほど楽しみました。そしたら彼女と同じ職場のジェーンさんが来くるからと」「あ、ええジェーンと。そういうことだったんですね。実は僕、夕方急にジェーンからここに来るように連絡があって、さっき入り口で待ち合わせたところなんですよ」

「あ、エドワードさん。鶴岡ですよろしくお願いします」とようやく江藤に気づいた春香があいさつをする。「え、あ、本名は江藤、通称がエドワードです」と江藤は照れながら挨拶をする。同じようにジェーンと酒田も挨拶をした。
「さっそくですが、次のレースが始まります。まずパドックから行きましょう」と酒田はパドックのほうに歩き出す。「ジェーン。パドックってなんだ」「え、あ paddock! 小さな牧場?」
「ジェーンさん、パドックは馬の下見をするところです。次のレースに登場する競走馬を間近で見て、予想の参考にできるんですよ」と春香は説明する。「春香さん、競馬詳しい。Great!」
「いえ、私は2回目なんで。本当に詳しいのは洋平よ」と春香は、酒田洋平の背中に向けて指をさす。

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 4人はパドックの前に来た。競走馬が手綱を引かれて同じところを何度も周回しながら歩いている。間近で見ると、競走馬が予想以上に毛艶がいい。足のひづめが鳴るのか?歩く音のようなものが聞こえる。あるいは馬の息遣いのようなものも確かに感じられた。馬によっては頭を上下させたり、時折左右に顔を動かし、何らかのパフォーマンスを行って言るかのよう。
 そして究極のパフォーマンスを見てしまった。突然目の前の馬が立ち止まったかと思うと、後方から茶色っぽい何かの固形物を出す。「ウンチ!」思わず江藤は大きく口を滑らせる。周りで見ていた人から一斉に視線を浴びた。

パドックから馬が消えると、いよいよレース場に向かって馬が登場する。4人はその方向に向かった。すでに最初にパドックから去っていた馬はレース需要に登場してきていた。今度は騎手を載せて疾走している。

「さて、馬券を買いましょう。何番か決めました」「え?」江藤は固まった。つい数時間前まで考えてもいなかった競馬場にいる。どの馬がよいのかなどわかるわけがない。それはジェーンも同じ「適当に数字選ぶわ」と、馬の状態とは無関係に直感で数字を決めたようだ。江藤は同様に適当な数字を選び、単勝の馬券を100円で購入した。
「春香さんは何番買いました」「私はこのレースの本命って書いていた3番の馬に500円分買いました」「へえ、ワンコインの投資なんですね。僕は100円で1番」「あエドワードも私も1番でも200円よ」とジェーン。

「江藤さんとジェーンさん初めてだから100円とかの低額が正解ですよ。僕は熱帯魚やメダカを飼育販売している仕事をしています。だからギャンブルだけど、むしろ生きた馬を見たいという思いが強くて、競馬に興味を持ったのです。だから1年前から月一度くらいのペースで、競馬場に来て遊んでいます」と得意げに語る洋平。

「で、酒田さんは何番を」「ああ、私はこの新聞で4番人気の5番の馬を単勝で100円、同じく5番の馬を複勝で1000円で買いました。
「複勝ってなんですか?」と興味を示したのはジェーン。ああ、これは3着までに入れば当たりなんです。その代わり倍率が低い。そこで人気がそれほど高くない馬に絞って買うんです。1位は無理でも3位以内に入ればよいので」

「さすがだあ」江藤は自分の知らない世界を楽しんでいる洋平が、うらやましくなった。

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 ゴール近くの席に座った4人。いよいよレースがスタートする。ファンファーレが場内に響く。
「エドワード楽しみ。1番の馬を応援しようね」「ああ、1番なんだから一着間違いなし」「どうかしら? 私は3番が来ると思います。ほらこれ見て新聞の予想で全員が2重丸。これが本命なの」と言って競馬新聞を取り出し、このレースの記事を見せる。「1番は」「あれ、何もついてない。あ、ひとつだけ黒いさんかくがついているよ」
 そんな3人を横目で見ながら口元を緩ませるのが洋平。しかし彼は唯一真剣なまなざしで、スタート地点のゲートに入っていく馬を眺める。

 馬はすべてゲートに入った。その直後ゲートが開く。一斉に馬が走り出した。周りの客は早くも大声を出して応援している人がいる。遠くから走っているのに、馬の足音が不思議と聞こえるよう。「1番はどこ? エドワード見えない」「ええ、真ん中あたり」先頭は2番の馬。春香推しの馬は、3番目を走っている。「いいところにつけているわ。あのカーブを曲がって一気に駆け抜けるのよ!」春香もいつの間にか声が戦闘モードに突入した。

 馬は最終コーナーを曲がった。あとはゴールまで直線の走り比べ。先頭を走っていた2番はここで失速したのか、別の馬のグループに吸い込まれる。変わって先頭には春香の推している3番の馬が踊りだした。
「よし、行けー」春香が大声を出す。完全に3番が抜きに出ていた。すると1番の馬が二番手に「やった!エドワード私たちの馬!」「おお、行け!」ついに立ち上がる江藤。同様にジェーンも立ちあがった。あと100メートル驚異的な速度で、1番の馬が3番に襲いかかる。そしてゴール!

 結果は、首の差で3番が逃げ切り春香の推した馬が勝利した。ジェーンと江藤の推した馬は惜しくも2着。そして3着に洋平の推していた5番が入った。

「残念!」「Mortifying!エドワード、あと少しだったのに」と渋い表情の江藤とジェーン」
「そういう時は副賞を買えばよかったですね。私は3着ですが副賞で取りましたよ」と嬉しそうな洋平。「やっぱり予想通り、でもヒヤヒヤした。これがいいのよね」と春香もうれしそう。

「仕方ないふたりで300円負けただけだ。ゲームで遊んだと思えばいいよ」とつぶやいた江藤は「春香さんはどのくらい勝ったんですか」と質問。
「えっと、2.5倍だったから1250円。750円の勝ちですね」と言って軽く舌を出す。「僕は副賞で3倍ついていました。だから1100円で3000円取りましたから1900円勝ちました」と嬉しそう。

この日のレースはあと2つ残っていた。
「よし、エドワード今度は勝つわよ。ねえ春香ちゃん新聞見せて。今度は1番人気の馬にする!」と気合が入ったジェーン。
「なんでそんな熱くなる。ほんとやめてね!変なハマり方するのは」と別の意味であわてる江藤。そんなふたりを見ながら、にこやかに笑う春香と洋平であった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 242

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