ファインダー越しから見える常夏の世界
「このカメラ... ... うーんちょっと高いわ」
大学生の愛美は、プロのカメラマンを目指していた。昨年初めて写真コンテストに応募して佳作を取っている。「佳作じゃまだまだのようね」愛美は次の応募では、ぜひ大賞を取りたいという気持ちに駆られていた。
「そのためには良いカメラを買って環境を整えないとダメなの」と、カメラ専門店に足を運んだものの。カメラはピンキリの世界。
プロが手にするような高いものを見ると100万円を超えるものが多く、愛美がバイトで稼いで貯めていた貯金では到底手が出るものではない。
「ローンって学生でもできたかしら」
愛美は悩んでいると、あるポスターが視線に入ってきた。
『本日限り! カメラ発明記念日 特別モニター募集』と書いてあるではないか! 愛美はそのポスターの説明を真剣なまなざしで眺める。
本日3月19日はカメラ記念日です。フランスのルイ・マンデ・ダゲールが1839年に写真機を発明しました。そこで本日はそれを記念してスペシャルモニターを先着20名様募集します。
「ええ! このカメラを1週間貸し出してくれて、その間様々な撮影を行い、その結果を審査。撮影の腕や写真の量・質などの基準を満たせばカメラをプレゼント。ダメなら返却って」愛美はチャンスと思った。即行動を起こす。居合わせた店員に「スミマセーン。このポスターなんですがまだ間に合いますか?」
愛美はさっそく申し込んだ。19人目だとのことで、ほぼぎりぎりだ。愛美はモニター契約書にサイン。但し高価な商品なので保証が必要とのこと。そこには自宅のほか実家などの住所と連絡先、さらにクレジットカードの番号も記入した。
「先週、学生でも作れるカード作っといてよかった」愛美は小さくつぶやいた。
「ありがとうございます。ではどうぞ大切にお使いください」
「あ、あのう」愛美は質問した。「審査の基準はどのくらいですか」
だがこのキャンペーンの責任者は「それは教えられません。撮影した画像データを、そのまま写真家の○○先生にお見せして審査されるということまでお伝え出来ます」
「○○先生ってあの、有名な!」それは現在の日本で5本の指に入ろうかという人物の名前。責任者は笑顔で頷くと「では、1週間素敵な写真をお待ちしております」
愛美はいったん家に戻ると、さっそくカメラをパッケージから取り出した。「やっぱりすごいこのカメラ。1億5千万画素とか言ってたわね」愛美はさっそくカメラを構えて撮影のポーズをとる。「あれ」パッケージからチラシが入っている。「東京スカイツリーの前に新店オープンのチラシ。そっか、行くかもしれないからとりあえず持っておこ」とポケットにしまい込んだ。
愛美はさっそく撮影するために家を出る。
「わかんないけど、量と質って言ってたわね。ようし取るわよ」愛美は少しでも気になるものを見つけるとカメラを構える。ファインダー越しに映し出される被写体は新しいカメラの為か新鮮だ。
こうして次々と被写体は電子データとしてカメラの内部に取り込まれていく。
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数日後愛美は電車に乗った。目指すは東京スカイツリー。モニターで貸してもらえたお店の新店を見ることにしたのだ。
「ついでにスカイツリーも撮っておく」
こうしてスカイツリーの前に来た愛美は、さっそく634メートルもの高さを誇る長大なタワーにカメラを合わせた。そしてファインダー越しに確認して撮影。「よし、ん?」ここで愛美は目の前にあるのものが気になった。それはタイのプーケット島観光用のポスター。
「あんまりやらないと思うけど、ポスターの写真を撮るとかも入れたら面白がってくれるかしら」と愛美は頭の中でつぶやく。ポスターの写真にカメラを向ける。そしてそのまま撮影した。
すると突然体に強い日差しがぶつかって暑くなった気がする。
「あれ、急に暑く」愛美はカメラを外すと体が固まった。
何とそこはリゾートの島なのだ。「え? 夢」愛美は体を捻ったが痛い。普通ならこの怪現象の前に、何も考えられなくなるはず。だがカメラモニターの審査を通ることに執念を燃やしていた愛美は違った。
「ここプーケット島? わかんないけど、日本でないこの不思議な光景も撮っちゃおう」
こうして愛美は、リゾートの島の風景を次々と撮影する。汗がにじみ出るような強い太陽の日差し。水着姿の白人や少し焼けた現地の人。そして聞きなれない言葉と、象形文字のような現地タイの文字。たまに英語の文字もあり「Phuket(プーケット)」と書いているから、ここはプーケットに間違いない。
そのような異空間に対して感性だけでどんどんと撮影した。
現地の独特な屋台、さらには現地特有の乗り物など可能な限り全て。
「ふう、疲れた。さてどうしよう」暑さのため愛美の口の中が乾く。汗で体中が湿っているのがわかる。日本での3月に着る長そでの格好は、常夏の前には暑さの増幅装置。とりあえずビーチのある所から視線に入ってきたホテルの建物を目指す。ホテルの中に入ると、途端に冷房が効いた快適な空間。
愛美はリゾートホテルのロビーも撮り始める。奥まで歩いて行くと今度はどこかの都市のポスターが見える。タイ文字で書かれているから何を書いているのかわからないが、上に大きく英語でBangkok(バンコク)と書いてある。
「これ撮ったらひょっとして」愛美はこのポスターの写真にカメラを向ける。そしてファインダー越しに映っているバンコクの町。そのままシャッターを押した。
愛美の推測は正解だ。突然暑さが戻ったかと思えば、突然ビルが立ち並ぶ大都会。クラクションの音が四方八方で鳴り響いている。少し古びたバス、またすぐ近くにはモノレールのようなものがあって列車が動いていた。
先ほどのビーチ同様の象形文字のようなタイ文字と、ときおり英語が並んでいる。更に街中なのにトロピカルなフルーツの香りがうっすらと感じていた。そして歩いている人は、町中なのでビーチのようなラフさはない。だがしゃべっている言葉は、やはり聞きなれない現地語なのだ。
愛美は再び撮影を開始。先ほどビーチの撮影で相当疲れているはずなのに、突然疲れが無くなった気がした。これはプロを目指しているためなのだろうか? そこまではわからないが元気を取り戻せている。
だから気分一新。建物や走っている車をはじめ、個性的な人の表情をファインダー越しに撮っていく。やはり途中で見かけた屋台など、可能な限りあらゆるものを撮影し、カメラ内にデータを蓄積した。
しかし日差しが弱くなったと思えば、すでに夕暮れ。肌に突き刺さる暑さから少し優しめの生ぬるい風が吹き始めていた。
「そろそろ帰ろう。おそらくは日本のポスターを探して撮影すれば戻れるに違いない」
愛美は日本のポスターがないか探してみた。だが探そうとするとかえって見つからない。歩きながら撮影もするが、ポスター探しのほうが頭に入ってしまう。
「つかれた」愛美が再び疲労の限界に近付いていると、目の前にホテルが見える。愛美は慌てて入るとやはり冷房が効いている。
ところが今度はホテルのスタッフが愛美に話しかけてきた。愛美は笑いながらその場を離れようとする。スタッフは怪訝そうな表情をしていた。ところが愛美はその表情が楽しくて、思わずそれにカメラを向けて撮影してしまう。
スタッフの顔色が変わったのは言うまでもない。愛美は慌てて走る。ちょうどトイレがあった。「男性スタッフだから大丈夫」とばかりに女性トイレに入りこむ。
「でもどうしよう」用を済ませた愛美はこの状況が最悪かもしれないと直感。どうやらホテルでは愛美が不審者に見られてしまったようだ。トイレに女性スタッフらしき人物が入ってくるのがわかった。現地の言葉で何か言っている。
「うわぁどうしよう」
愛美は額から汗がにじみ出てきた。何かないか体中を触る。ポケットに手をおくと、持ってきた東京スカイツリーの写真が入ったチラシを見つけた。「あ、これ」愛美は床にこのチラシを置く。そしてカメラを向ける。ドアでは激しくノックしたあと、女性が英語で大声を出していた。愛美はそれを無視して深呼吸して集中。ファインダー越しから見えるスカイツリーが映し出されている。「お願い!」愛美はシャッターを押した。
「あ!」愛美はスカイツリーの前にいる。
「助かった。もうポスターとかの写真は撮らないでおこう」
愛美はこの不思議な間、プーケットで160枚、バンコクで159枚写真を撮っていた。つまり合計319枚の普通ならあり得ない写真。
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借りてから1週間経過し愛美はカメラを返しに行った。「では3時間以内に結果をお知らせします。合格のときはメッセージを送りますので、恐れ入りますが再度ご来店くださいませ」
愛美は近くで待つこと3時間。「連絡ないわね、やっぱりだめか」と思った時にスマホからの通知。『おめでとうございます。審査の結果合格です。どうぞカメラをお受け取り下さい』
こうして愛美はモニターに合格し、晴れてカメラを手にした。「今回唯一の合格者です。○○先生も絶賛でした。ぜひ素晴らしいカメラライフを」「ありがとうございます」こうして愛美は改めてカメラを受け取る。
その際責任者は不思議そうな顔をすると「ただ、1週間の間でですね。なぜかプーケット島やバンコクの写真にが数多く入っていました。この間にタイに旅行とかされたのですか?」
しかし愛美は首を横に振ると「この審査の基準は教えてもらえませんでした。だからその写真を私がどうやって撮影したのかも教えたくありません。これでよろしいでしょうか?」
「もちろん、問題ございません」責任者は口をゆがませながらゆっくりと頭を下げる。
「あら?」愛美は撮影したすべての写真が消去されていることに気づいた。「残念。不思議な体験だったのに」と少し肩を落とす。
ちなみにモニター中に起きた、ファインダー越しに移された写真の場所に転送されるという怪事件。これ以降は起こることは決して無かった。
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シリーズ 日々掌編短編小説 423/1000
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