ホワイトデーでは本当に欲しい「白」を渡そう
「素朴な疑問。何でバレンタインデーの返礼がホワイトデーなんだろう」尾道拓海は、同級生の今治美羽を前にして呟いた。
「え、ホワイトデー。拓海君私にくれるの?」
「美羽、当たり前だよ。この前チョコレートもらったんだ。そのときにいろいろあったけど、高校生になってもお互いこうやって仲良くしたいし。それはいいんだが」
さりげなく幼馴染の親友からワンランクアップしたかのような拓海の発言に、美羽の口元が緩んだ。
「どうしたの?」
「うん、ホワイトデーというネーミングがどうも納得できないんだ。ホワイトデーだったら、白の日って意味だろ。だったら白に対する記念日というのならわかる。でも何でバレンタインデーに対するお返しの日が何で『ホワイト』なんだろうってね」
「そうねぇ。わかっていることは、ホワイトデーは日本発祥の記念日で、不二家とエイワ、鶴乃子の石村萬盛堂、全飴協のいずれかがマシュマロをこの日に販売したようなことをセールしたみたいね」
拓海は苦笑のような笑みを見せながら「おまえやけに詳しいな。スマホ見てるけど調べたのか?」
「これ!」と白い歯を見せた美羽は、スマホから探し出したホワイトデーの説明画面を拓海に見せる。
「それはそうと何でマシュマロなのかしらね」
「そうだろ。マシュマロもしくはホワイトチョコレートみたいだけど。ホワイトな物って世の中にはいくらでもあるのにさ。どうせなら美羽の好きな白いもの言ってくれよ。それホワイトデーの日にプレゼントしよう」
「うーん、そうね。私できたら白い器がいいかな。そういう気づかいできる拓海君が好き!」とにこやかな美羽。
「おいやめろ、照れるじゃねえか」拓海は思わず顔を横にして、顔の火照りを隠す。
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「ホワイトデー当日、一緒に私の欲しいもの買いに行ってくれるって嬉しい」
「だって、そうしないと。せっかく良かれと思って買ったプレゼントが美羽にとってつまらないものなら意味がない。それなら本人に立ち会ってもらったほうが、ということだ」
拓海は得意げに語る。美羽は拓海の右手を自分の両手で手繰り寄せてつなぐ。
「でも、予算がさ」「わかってる。だから100均ショップなんでしょ」
ショップには110円で買えるものが多く並んでいる。もちろん中には330円、さらには550円と少しハイバリューなアイテムがあった。
いよいよ数日後に中学卒業を控えているとはいえ、まだまだ高校にも入っていないふたり。いくら美羽が欲しいものと言っても、拓海が親からもらっている小遣いで買えるものは限られているのだ。
「よし、千円までOKだ」拓海はズボンのポケットから千円札を取り出して美羽に見せる。「ということは、110円のものなら9個買えるのね」拓海は大きく頷く。
美羽はショップから気になるアイテムを次々と籠に入れる。「いま7個だからあと2つ買えるかしら」ところが、拓海はそれを見て美羽を止めた。「ちょっと待って! 今日はホワイトデーのプレゼント。だから白以外のものは... ...」美羽は首を少しかしげながら「拓海君って変わってるわ。でもそうよね。今日はホワイトデーだから白いものにする」
しかし数秒後再び口を開く。「それだったら、あるかどうかわからないけど近くの陶器屋さんに行こうよ。そのほうがいいわ」
こうしてふたりは100均ショップの商品を元に戻すと、そのまま店を出て歩く。5分もかからないところにある陶器専門店に向かった。
「ここか結構初めて入るかも」「うん、緊張するね」ふたりは恐る恐る中に入る。ここは小売店だが、業務用の商品も多い。だから100均ショップよりもはるかに敷居が高い大人の空気。
そして緊張しながら中に入ると、狭い店内に棚中にいろんな食器、陶器がおいてある。値札を見ればどれも桁違いの高さのものばかりだ。
「やっぱり無理かな私たちじゃ」「そんなことない。もう少し探そう」
『目を皿にように』という言葉そのもの。拓海は真剣なまなざしで探す。だがその行為に違和感があったのか、店長らしき店のスタッフがふたりに声をかける。
「君たちどうしたの?」「あ、白い陶器を探しているんです」
「白い陶器。お父さんかお母さんのお使い?」拓海は首を思いっきり横に振る。「違います僕たちのものです」ときっぱり言い切ると、ごま塩の七三の髪をした初老の男性は、かけていた銀縁メガネを直す。
「あ、あのう。そのう。たとえば、1000円くらいとかは無理ですよね」美羽が話を続けた。男性は口を一文字に結ぶと唸る。
「うーん1000円かあ。どうだったかな。安い陶器はこっちに集めてるけど」とつぶやきながら男性は歩き出す。ふたりは後をついていく。
「ここは、古いものとか人気のないものばかりを集めているので、リーズナブルな価格設定にしているんだ。君たちの目にかなうものがあれば、多少の値引きをしてあげるよ」
ふたりが連れてこられたところには、いろんな陶器が置いてある。さっきまで見ていたような統一された展示ではなく、適当に並べられた陶器類。先ほどとは違い確かに安い、それでも2、3000円のものが多い。
「うーん、やっぱり無理か。親に小遣い前借りして出直そうか」「あ、だったら、私もお金あるし、いつでもいいから貸してあげる」拓海と美羽は厳しい表情でつぶやき合う。
「もし教えてくれるのならだけど。その陶器は何のために買うの?」男性店員が話しかけてきた。
「あ、実はホワイトデーのプレゼントです。彼女の」と拓海は美羽の前に左手を差し出して彼女を紹介する。
「ホワイトデー?」男性店員は驚きのあまり声を裏返した。
「はい、実は私のホワイトデーのプレゼントに白い陶器を買ってくれることになったんです」
「でもホワイトデーって、普通はマシュマロとかホワイトチョコレートをプレゼントするんじゃないのか?」
「いえ、僕はホワイトデーっていうからには、白いものならどれでも良いという気がしています。だから彼女が『白い陶器が欲しい』と言ってくれたので... ...」
「彼が最初に言ったときは私も驚きました。でも確かに白いもののプレゼントというのは悪くないし。ちょうど白い皿が欲しかったから... ...」ふたりはそれぞれ主張するが、途中からトーンが下降気味。
男性の目はメガネのレンズ越しに奥から鋭く光っている。しばらく沈黙の時間が流れたが「なるほど、わかった。ちょっとそこで待ってて」男性店員は奥に向かった。
2分くらいしたら奥から戻ってくる。「これはどうかな」
それは少し大きめの白い無地の皿であった。男性の話は続く。
「ホワイトデーのプレゼントに白い陶器とは、なかなか斬新な発想。それ来年から使わせてもらいたいくらい。だからこれはそのアイデアのヒントもらったからお礼にプレゼントします」
「え、でも、それは!」ふたりは息を合わせるように同時に声を出す。初めて男性が笑顔になり「これは本当に古い商品で倉庫に眠っていた物。正直価値もないしもう廃棄しようかなと思っていた皿なんだ。それなら若いおふたりにプレゼント。値段をつけるほどでもない。えっと。だから彼? にプレゼントするから、それを。えっと彼女にかな」
「そ、それは、ありがとうございます。美羽それでいいか」
「もちろん。ありがとうございます」
「じゃあ、ラッピングもしないと」
男性店員は再び奥に入ってすぐに戻ってきた。
「このラッピングの料金だけ110円もらいましょう。そこの100均ショップで買ってきたから」といいながらその場で皿をパッキングしてプレゼント用のラッピングをしていく。
「はい、それは当然ですね。そのほうが気が楽です」と拓海はポケットから100円玉1枚と5円玉二枚を取り出し、男性に渡す。
「今日は特別に若いふたりのサービス。将来大人になって働くようになったらまたいろいろ買いに来てくださいね」「はい、ありがとうございます」ここでもふたりの息が合う。
こうして、ラッピングされた白い皿をいったん拓海が受け取る。しかしすぐにそれを美羽に手渡した。「バレンタインデーのお返し。美羽これからもよろしく」と拓海はつぶやいた。
「拓海君ありがとう!」見は周りの目を気にせず、顔を赤らめるのだった。
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シリーズ 日々掌編短編小説 418/1000