読書の秋2022 第991話・10.12
「深堀で書かれているけど、ちょっと大変」。伊豆萌は本を前にしてつぶやいている。「萌ちゃん、読書しているの?」奥からやってきたのは萌のパートナーの蒲生久美子だ。「あ、久美子さん。私、選んだ本間違えちゃったみたい」萌は久美子が来たことで本を閉じる。むしろ読みやめるタイミングをうかがっていたのかもしれない。久美子を見てうれしそうに微笑む。「萌ちゃん、すてき。読書の秋っていうもんね」いきなり久美子は萌の手を触る。「あ、久美子さん」萌は慌てるが、実は久美子にそうされるのが一番好きなのだ。思わず久美子に体をゆだねる。
「萌ちゃん、でもせっかくの読書なのに、大変な本を選ぶのは良くないわね」萌の肩をゆっくりと撫でながら、耳元で囁くようにつぶやく久美子。萌は久美子にささやかれると思わず目をつぶる。「そ、そう、久美子さんの言う通り、私無理しちゃったかも」
萌が言うには、読書の秋という言葉がある以上、本格的な本を読まないといけないと感じていた。だが普段本を読まないのに、あえて難しそうな本を選んでしまったのだ。だから最初は気合を入れて読み始め、頭の中に理解を進めていくが、だんだんと頭の中に文字が入ってこなくなる。文字どころか余計な雑念のようなものが頭を支配した。こうなると目では追いかけているものの、それは脳に文字情報として入っていないから、何を書いているのかわからない。わからない状況で手だけは次のページをめくるものだから、さらに話の内容が理解できず、結局躓いてしまった。
「ねえ、萌ちゃん。どんな本読んでいたの」久美子のささやき萌はうっとりとした表情になる。そして「く、くみこさん。この本なの」萌は少し陶酔した状態で、目の前に置いていた本をそのまま久美子に見せた。「うん、どれどれ」久美子はここで萌から離れる。拍子抜けになった萌は我に返るが、今度は萌が久美子に抱き着く。そのまま久美子が読もうとしている本を後ろからのぞいた。
「うーん、なかなかすごい本読んでいるわね」久美子は真剣に読まない。恐らく2・3行めくると次のページをめくる。それを数回繰り返すと本を閉じた。「萌ちゃん、これたぶん難しいわ。私直ぐにダメと思ったもん」「そうね。どうしようかなあ」
「萌ちゃん、その本って買ったの?」久美子の問いに萌は首を横に振り「買ってない図書館で借りただけ。だから読めなくても返せばいいの」
そういうと立ち上がり、久美子から本を受け取り、テーブルの上に置く。「ねえ、久美子さん。私でも読める本てどんなのかなあ」甘えた目で久美子を見る萌。久美子は首をかしげながら立ち上がると、「うーん、萌ちゃんの好きな本か」久美子は真剣に考える。同性パートナーである萌と同棲しているから久美子は萌の好みを本来知っているはずだ。だが本の好みはわからない。なぜならば萌は普段本など読まないから。
「わからないわ。萌ちゃん今何時かしら」「えっと、間もなく13時」萌はスマホで時刻を確認する。
「だったら、図書館行こうか、そこで本を探せばいいわ。この本返してさ」
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こうしてふたりは図書館に行く。普段図書館など行かないから久美子は久しぶりに来た図書館を見て、不思議に新鮮な気持ちになった。図書館の中には、多くの書棚があり、そこには数えきれないほどの本が並んでいる。そして昼間から多くの人がいて多くの人がいるのにみんな黙って本を読んでいた。今ならみんなスマホを手ににらめっこしていることなど珍しくはないが、スマホが無かった時代で、これだけ人がいるのに静かなのは恐らく図書館か美術館くらいだろう。ちなみに映画館は客は静かだが、スクリーンからはとにかくにぎやかだ。
いつしかふたりは別々に行動をしていた。どうやら本の好みは違うらしい。「何読もうかなあ」久美子は萌についてきただけだから、特に読みたい本はなかった。それでも少しでも気になる本があればと書庫を眺める。一方で萌は本を返した後、別の本を探していた。ある程度読みたい本があるのだろう。
「あ、これでも読もうか」久美子は気になる本を見つける。厳密には雑誌。空いている席に座ると真剣にそれを読み始める。
「く、くみこさん」しばらくすると、かすれた声で久美子を呼んだのは萌だ。「あ、もえちゃん」久美子もかすれた声。「わたし、これ借ります」と萌は4冊くらいの本を手にしている。久美子はよく見ていないが、少なくともこの前、萌が借りてきたような難解な本ではなさそうだ。
「私も借りようかなあ」萌が借りるのを見て久美子も借りたくなった。だがその前に目の前の雑誌はすべて読み終えている。
「今から探すのもなんだかなあ」久美子は借りる本を探さずに時間を過ごしたことを後悔。萌が本を借りる手続きを終えて戻ってきた。「帰ろうか」久美子の一言で図書館を後にするふたり。
「ねえ、久美子さんこの本」萌は一冊の本を久美子に見せる。「あ、え、これって!」その本は久美子が以前読んでみたかった本だ。であったが、すっかりと忘れていた。だが萌はそのことを覚えていたらしい。
「久美子さん読みたいと言ってたから思い出して見つけました」と笑顔を見る萌。それをみた久美子も笑顔になり「萌ちゃんありがとう」と言って萌の髪をゆっくりと撫でながら手をつなぐのだった。
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