見出し画像

決闘! 炎からの生還

「う、うわあああああ。あ・熱い!」
 鬼丸が慌てた。気が付けば炎に囲まれている。目の前から聞こえる黄色と赤い光、炎がが広がる音も聞こえた。だがそれ以上に強力な熱が全身を覆う。このままでは大やけどを覆ったまま、苦しみながらの最期しか残されていない。

「に、逃げる。まだ死ねない。ど、どこ出口。あ、熱い、あ、あそこだ!」

 何かを思いつきその方向に向かう。体の一部に火が付いたのか暑さがどんどん体を襲った。だが最後の力を振り絞り目の前の木の扉に体当たり。この扉も随分焼けているためか、あっという間に破壊。その前には海が広がる崖の上、躊躇できない。鬼丸は火だるまになりかけたまま、何も考えず海に飛び込んだ。

ーーーーーー

「こ、ここは?」鬼丸が気が付くと、浜辺にいた。来ている服は少し焦げているだけで、海に飛び込んだのが幸いしたのかほとんど無事。あんなに熱く感じたのに、やけどもほとんどしていない。「とっさに飛び込んだのが良かったか?」
 髪を触った。それは少し影響がある。「完全に髪が焼けてしまったようだ」と角刈りのようになった髪を再度触った。だがのことを考えている場合ではない。生き残れただけで幸いだ。しかしここは一体どこだ?

 今まで見たことのない場所。正直戸惑ってしまう。
「とりあえず歩いてみよう」こうして歩く。歩きながら鬼丸はこうなる前の状況が少しずつ記憶に蘇る。


「そう、あれは決闘だ」
 鬼丸は若者・三武郎からの決闘の申し出を受けていた。
「父の仇と言っていた。だがあれは誤解。俺はむしろ止めたが......」

 鬼丸と三武郎の父・佐吉は同志と言える間柄であった。ところがある日、佐吉が何者かに殺害されてしまう。物音がしたので鬼丸が来たとき、すでに佐吉は息絶えていた。ここで鬼丸はミスを犯す。その場に最初に行き、安易に死体を触ってしまった。そのうえ体に刺さった刀を手に取って抜いてしまう。そのために鬼丸が殺したかのように見えたのだ。
「あの子に見られた以上、覚悟はしていただが」

 そして誤解が解けぬままあの日から10年。佐吉の子・三武郎は鬼丸に決闘を申し込まれた。それはある海辺。それは今鬼丸がいる浜辺とは違う小さな岩場の崖の上にいる。そこで一対一の決闘を申し込まれ、鬼丸はその場に先に来た。
「万一、三武郎に殺されるのならやむを得ない。これも定めだと受け入れよう。だがやすやす殺されはしない。返り討ちもやむなしだ」
 鬼丸が到着すること半時あまり、三武郎が現れた。「鬼丸!父の仇、覚悟」
三武郎が勢いよく刀を持つ、鬼丸も構えた。そして三武郎が突っ込んでくる。鬼丸はそれを交わす。なおも突っ込む三武郎。鬼丸は何度かかわしながらついに、一太刀振り落とす。ここで三武郎の刀が飛び跳ねて飛ばされた。
「勝った」とばかりに鬼丸は、三郎に刀を突きつける。

 だがここで事件が起こった。突然鬼丸の刀に大きな音と衝撃が走る。そのまま刀が手元から離れた。「な、なに?」鬼丸が後ろを見ると鉄砲を持った人物がいる。さらに数名の武士の姿。「さ、三武郎! 貴様、卑怯な」「鬼丸! 俺は父の仇であるおまえを倒すことが目的。たとえ卑怯といわれようと構わぬ。やってしまえ!」

  すると、鉄砲を持っているものの横にいた数名が刀を抜き、鬼丸に襲い掛かる。刀を落とした鬼丸は、とりあえず逃げる。「あそこに建物が」鬼丸は目の前にあった木造の建物の中に逃げ込む。入った瞬間、二度目の銃弾の音。さらに数名がそのまま建物に迫る。
「く、くそう、佐吉の子があんな卑怯な奴とは。このような最期は納得できない」鬼丸はどうするか考える。するとこの建物は蔵のようだ。目を凝らして見ると油壺がいくつも入っている。「一か八かだ、この油を引火させてみるしかないな」
 鬼丸は普段から手に持っている火打ち石を使って発火させて手に持っていた紙に引火させた。ちょうど建物内に男たちが入ってくる。その中には鉄砲を持った男と三武郎の姿もあった。
「よし、いまだ」鬼丸は立ち上がり。油のツボを彼らに向けて倒す。
「暗闇に不意を衝かれ、油が体にしみわたり慌てる一同。三度鉄砲の音がしたが、今度は天井に向けて撃たれたようだ。
「それ!」鬼丸は火をつけた紙を油めがけて投げる。紙が落ちると一斉に炎が舞う。
「しまった逃げろ!」慌てた三武郎たちは、衣服に着いた火を払いながら、出口に向かって一目散に逃げる。

「よし、これで助かった」鬼丸は安どしたが、それもつかの間。気が付けば建物全体に炎が待っていた。「し、しまった」鬼丸はあっという間に炎の中に囲まれてしまう。

ーーーーーー

「危機一髪。自ら起こした火であいにく殺されかけた。だがこうして生き残った。もう三武郎たちのいないところに潜むしかない。しかしいったいどこだここ」
 鬼丸が歩いていくと、見たこともない風景に目を疑う。そこには電柱が経っていてアスファルトで舗装された道路。そして自動車がすれ違う。鬼丸は炎に囲まれて逃げているうちに、なぜか未来にタイムトリップしたらしいのだ。

 だが当の鬼丸がそのようなことに気づくはずもない。恐れながら歩くと一見の小さな建物がある。もちろんこんなタイプの建物がなかった時代に生きていた鬼丸。「喫茶店」と書いてあった。「なんだろう?」恐れながらもその入り口に向かう。
「引き戸ではないのか」ドアが開くと音がした。「な、鳴子!」鬼丸は殺気づく。しかしその後は意外にも和やかな空気。聞き流れない音楽が流れる空間。数名の人がいたが、見たこともない服装・髪型をしている。

「い、いらっしゃいませ。どうぞ」と言って年配の女性が笑顔で迎え入れてくれた。
「一体なんだ?」鬼丸は警戒を解かぬまま中に入る。そこにはカウンター席とテーブル席があった。「見たこともないが」見ると数名の客がいて、カウンターには、常連と思われるな年配の男性が1名。そのほかテーブル席に子供とその親らしい男性の姿がある。

 わからぬまま空いている席に鬼丸は座った。女性は鬼丸の前に来る。鬼丸は顔が引きつったが、女性は顔色ひとつ変えることなく、水とおしぼりを出す。「お決まりになりましたら」と言ってそのまま立ち去った。

 鬼丸はコップの水を警戒したが、においを嗅ぎ軽く飲んで確かめる。無味無臭だ。安心した鬼丸。喉が渇いていたのか一気に半分くらい飲み干した。

 横のテーブルにいた親子。鬼丸は子供の顔を見て身構える。「三武郎?」子供であるが顔が三武郎そっくりであった。だが服装などはこの時代のもの。子供のほうも鬼丸の視線にあわせたが、一瞬笑ったように見える。
「こら、さんちゃん、他の人を見て笑わない」父は子どもに注意する。「パパごめん」と子供の声。ふたりは会計を済ませてそのまま出て行った。

「三武郎が子供? 一体どういうことか」鬼丸は頭が混乱している。
 さらに店内を見ると、これも見たことのないもの。カウンターの横にある薄い板の正面から映像が流れていた。これがテレビであることを鬼丸が知る由もない。
「俺と同じではないか」テレビからの画像では、決闘のシーンが流れている。江戸時代の男同士の戦い。どこかの島のようだ。

「そうか、今日らしいなあ。さすが決闘の日だ」喫茶店のカウンターに座っていた常連客が口を開く。
「え、なに?」
「ママ知らないの? 巌流島の合戦の日が4月13日なんだって」
「それで、今日が決闘の日なの? 今日は私たちにとっては喫茶店の日なんだよね。上野に初めての喫茶店が出来たからって」
「へえ、そりゃ初めて聞いた。あ、ママいよいよ始まるよ。武蔵と小次郎の対決」
「これって結果がわかっているのに見たくなるのよね。不思議」ママと呼ばれた女性は何度もうなづき、ふたりで静かにテレビを見ていた。

「うん、何だ?」 鬼丸は突然、強烈な臭いを感じる。
「ここは喫煙可能だよな」「ええ、うちはね」女性は灰皿をカウンターの前に出す。 常連客は嬉しそうに煙草を口にくわえライターの火をつけた。

 その瞬間。大音量の爆発音がしたかと思うと、鬼丸の周囲から炎が巻き上がり......

 こうして喫茶店は燃えている。そして救急車のサイレンが鳴った。

 それを遠くから眺めている親子は先ほどまで喫茶店にいたふたり。「あちゃー、不謹慎かもしれないが、直前に外に出られて良かった。なあ、さんちゃん」とつぶやく父親。
 だが子供は小さく頷くと聞こえないような声。それも大人の声で意外なことをつぶやいた。「ふん、鬼丸よ。これで仇が取れたわ」


次の企画募集中
 ↓ 

皆さんの画像をお借りします

こちらから「旅野そよかぜ」の電子書籍が選べます

ーーーーーーーーーーーーーーー
シリーズ 日々掌編短編小説 448/1000

#小説 #掌編 #短編 #短編小説 #掌編小説 #ショートショート #決闘の日 #炎 #喫茶店の日 #巌流島 #時空の旅

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集