見出し画像

告白、酷薄

私は夜明け頃、一瞬青くなる街が好きだ。古びたコインランドリーの少しカビっぽい匂いが好きだ。昔からある中華屋のよく分からないフィギュアとか好きだし、透明のビニール傘についた水滴も好きだ。お酒なら緑茶割りが、煙草ならハイライトが好きだ。冬の海が好きだ。物語の後書きが好きだ。紙を捲る時の感触が好きだ。タクシーのラジオで流れる、平成初期を感じるJ-POPが好きだ。

古本屋で買った本の、誰かの落書きが好きだ。犬か猫なら、両方好きだけど強いて言うなら猫の方が好きだ。赤い鉄塔を見つけたら無条件で好きになってしまうし、神社の絵馬とか、七夕の時期は短冊とか、たくさんの人の祈りをちょっとだけ覗き見するのも好きだ。台風直撃前夜の不穏な空気が好きだ。夜行バスに揺られている時の振動が好きだ。全く知らないサービスエリアで見る朝焼けが好きだ。何処まででも行けそうな気がする、あの、根拠のない自由が好きだ。

そしてそのどれもが、雨の日なら尚更好きだ。

友達が、好きだ。
みんな何かしらを抱えていて、あえて語らなかったことがたくさんあって、言葉を選んだり、選べなかったり、選べなかったのに口から出してしまったり、それも全部偶然だったのかな、まあ偶然でもいいやって、分かり合えるはずもない秘密を共有したりして。
そうやって意味のない掛け合いを、許し合うためだけに今日を無駄遣いして、歳を取っていくんだと思う。
私はきっと、べろべろに酔っ払って階段か何かから落っこちて死ぬよ、多分三十五くらいで。と言うと、それっぽいねと笑ってくれる友達が好きだ。でも恐らく、私はそんな風には死なないと思うし、何だかんだで寿命を全うするはずなので、どうかあなたたちも、何だかんだ生き延びていてほしい。生きる、を選び続けるのはしんどいから、死なないを何とか掴み取る生活を、粛々と続けていきましょう。苦し紛れでいい、辛うじてでいい。でもちゃんと離さないでいてください。

私は純喫茶で、常連の老夫婦たちの会話を聞くのが好きだ。阪急電車の小豆色の車体が好きだ。容赦のない低気圧が好きだ。そもそも容赦のないものはだいたい好きだ。命に迫られている、あの切迫感が好きだ。
好きなものに生かされている、んじゃなくて、好きなものに追われている。ずっと続いていてほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?