「何食べたい?」に困る私に、母とおはぎが教えてくれた“本物の食欲”
忙しいと、どうしても生活が雑になる。朝から晩まで、おむつ替えに授乳……。新生児育児に必死な私は「何食べたい?」と気遣われても答えられず、善意を面倒に思ってしまう自分にがっかりだ。
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先日、おはぎを買った。『となりのトトロ』で見たおはぎが美味しそうで、無性に食べたくなったからだ。でも、人が食べているものに影響されるなんて、どこか“偽り”の気がして、また少し悲しくなった。
ホルモンバランスのせいか、最近やけに悲観的だ。自分の意志で食べ物を選んでいるつもりなのに、どこか乗せられているような気がする。
そんな自分を疑いつつ買ったおはぎは、黒光りしていて、「本当にオラを食べたいのか?」とでも言いたげだった。
なんだかなぁと低めのテンションで帰宅した私。我が家に来ていた母に「おはぎがあるよ」と伝えると、母は目を輝かせ、両手を胸の前で合わせた。
「おはぎ!ずっと食べたかってん」
買った本人以上に盛り上がる母の姿に、眠気でぼんやりしていた頭がシャキッと冴えた。「これは、“本物の食欲”だ……」と。
存在感のあるもち米を包んだ、これまた存在感を主張するつぶつぶの餡子。穏やかな甘みを舌で感じながら、母とおはぎの歴史を聞く。どうやら父は、アンチおはぎ党らしい。「甘い米なんか、意味わからん」だそうだ。
結婚して父に合わせてきた母は、おはぎを食べる機会を何十年も逃してきたという。娘の産後サポートのため父を置いて我が家に来たからこそ、おはぎと再会したのだ。
「これこれ。このザラザラしたもち米が、粒餡に合うねん」
嬉しそうにおはぎを頬張る母。見ているだけでこちらの食欲も満たされるくらい満足そうだ。そして同時に、私自身は“本物の食欲”から遠ざかっていると痛感する。
人が食べているから。お店のおすすめだから。SNSで流行っているから。そうじゃない、そうじゃない。私にとっての「本当に食べたいもの」は何だろう。
“本物の食欲”を満たした母が羨ましかった。さらに、偶然母の“本物の食欲”を満たせた自分が誇らしかった。
私だって“本物の食欲”を満たしたい。「何食べたい?」と尋ねてくれる人に、心から喜んで食べる姿を見せたい。
おはぎの断面を見つめながら「食べたいけれど食べられなかったもの」や「これまでに出会った、また食べたいと思ったもの」に思いを馳せた。次に「何食べたい?」って聞かれたら即答できるように。授乳が終わった自分へのご褒美で大感動するために。(飲み物は、おビールで!)
オカザえもんのような姿をしたおはぎは、私をじっと見つめ返してきた。きっと、応援してくれているんだと思う。