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「んちゅ」の語源を辿る。誰でもわかる言語学

人(んちゅ)とは、沖縄周辺の言葉で「~の人」、「~人」を指す言葉である。

ニコニコ大百科 人(んちゅ)

また、最近ではネット上でスラングとしても使われています。
例えば、Xで「ふみんちゅ(不眠人の意)」などと検索するといくつもポストがヒットします。
今回はそんな「んちゅ」の語源を探ります。

はじめに

最初に結論をいいますが、沖縄語「んちゅ」は日本語「ひと」と同根、つまり語源が同じです。


ただ趣味レベルで言語学をやっている人間がそこまで時間をかけず勢いで書いた解説なので、間違いがあるかもしれません。(語形の変遷に関して、仮に理論的に正しくても、当然 事実ではなく単なる推測に過ぎません。)あったらすみません。
その際はコメントでお知らせください。

琉球諸語

沖縄やその周辺で使われる言語たちは琉球諸語と呼ばれます。
そして、琉球諸語は私たちが使う日本語と共通の祖先をもっています。
要するに、その共通祖先(日琉祖語)から分岐してでてきたのが例えば日本語や沖縄語です。
ですので、場合によっては沖縄語の言葉がどう生まれたかを知るにも、日本語を調べる必要があります。

日本語

先に書いたように「んちゅ」は日本語と関係があります。
なので、語源を明らかにするためには、日本語の古い形を考慮する必要があります。
上代日本語(奈良自体に使われていた関西の言葉。古代日本語。記事内に上代語というワードも出てきますが、意味は同じで使い分けに深い意味はございません。)では、人はpitoです。

ONCOJ

ONCOJというのは上代語のコーパスです。

さらに遡る

まず、昔の言葉は現代の日本語と文法や発音が異なります。
それは、みなさんもよく知っているでしょう。

ところで、言語学には、理論的に古い形を推測する取り組みがあります。
「理論的な推測」なので、形の変化には必ず理由がつけられなくてはなりません。
そして、法則に従って推測をしているだけなので、実際とは異なる場合もあるでしょう(記録が残っていない限り答え合わせはできないですが)。

そういった、簡単にいえば「言葉の復元作業」を言語学では「再構」といいます。
前述の通り、実際どうかはわからないので、再構した形は<*>をつけて区別します。(全く関係ないですが、同じ言語学でも生成文法では非文につける記号です。)

このpitoという形は記録に残っているので、少なくともこの語が存在したというのは確実なのですが、再構の考え方を用いてどうしてpitoに遡れるのか(また、どのようにhitoに変化したのか)を説明することもできます。


pitoは、例えば万葉集にある柿本人麻呂の歌に出てきます。
「道行く人も」

ONCOJ

有名な話なので、ご存知の方もいるでしょうが、現代日本語のハ行は昔はパ行でした。
もう少し詳しい話をすると、
定説では[p](パ行)→[ɸ](ファ行)→[h](ハ行)という変化を辿ったといわれています。

p音だったのは奈良時代以前だと言われていますから、ちょうどその時代に使われていた上代日本語ではhitoはpitoになるのです。

母音

ところで、昔の日本語には現代日本語よりも多くの母音あったと考えられています。
上代日本語の母音の数に関して、定説は、a,i,u,e,o,əの6母音説です。
また、それ以前の日琉祖語も6母音説が主流ですが、それとは少し違いがあります。(今回は詳しくは説明しません)

現代日本語には存在しないəはのちにoの合流します。hitoもそうで、上代日本語の表記(上代特殊仮名遣 F&W式)ではpitoですが、発音は/pitə/です。

そして、少なくとも以上の説では上代語pitoに含まれる母音2つ(i,ə)は日琉祖語と上代語で変化がありません。
つまり、日琉祖語の形は上代日本語と同じ*pitəであると考えられます。

沖縄語

はじめにですが、沖縄語にはたくさんの方言があります。
なので、「んちゅ」という語が使われている地域は一部です。

では、さっそく沖縄語の変化についてもみていきましょう。
最初に確認ですが、「んちゅ」は人ではなく「〜の人」という意味です。
人は「っちゅ」といいます。

とりあえず、「っちゅ」がどう生まれたのかを考えます。
やはり重要なのは資料です。

Wikipedia

語音翻訳が気になったので調べてみます。

한극고전종합DB

まさかの一番最初にありますね。
ここから、少なく1501年以前は「っちゅ」ではなく「비츄(ぴちゅ)」であったとわかります。

한극고전종합DB

また、「비죠(ぴちょ)」という語形もありました。
詳しい話は後にします。

整理すると

日琉祖語 *pitə >(琉球祖語)> 中世沖縄語 pitʃu〜pitʃo(ぴちゅ〜ぴちょ)
> 沖縄語 ttʃu(っちゅ)

となります。
「a > b」における「>」は言語学(比較言語学)では、aからbへ変化したことを示します。
また、「<」はその逆です。

では、どうしてpitʃuがttʃuへ変化したのでしょうか。
まず、この変化で何が起きているかというと、簡単にいうとpiが消えてtが足されていますよね。

言い換えると、「ぴちゅ」が「っちゅ」になるには少なくとも促音が追加(あるいは「ぴ」がなくなる)されなければなりません。
ここでは、「pi」がなくなったことで促音が追加されたと考えるのが妥当でしょう。
具体的に何がどうなっているかを知るために ほかの語をみてみます。

沖縄語 っちゅ [ttɕu]
国頭語 ちゅー [tɕuː]
与論語 ぴちゅ   [pitɕu]
宮古語 ぴぅとぅ [pɿ̥tu]
与那国語 っとぅ [tˀu]

与論語は16世紀の資料にあったものと同じ形です。

宮古語も似ていますね。
これは*pitəやpitʃuとは違って母音の無声化が起こっています。
もう少し詳しくいうと、(狭)母音の無声化は、琉球諸語の中でもわりと広くみられる現象ですが、ここでは無声子音(声帯を振動させずに発音する音。pやtなど)に挟まれたことによって母音/ɿ/(特殊な母音ですが、ひらがなでは「ぅ」と表してみました)が、この場合sのような響きになっています。(簡単にいうと、特定の環境のときに「ぅ」のような音がsやzに似た音になる。無声音に挟まれるのがその特定の環境の一つです。)
つまり、pstuのように読まれます。
ちなみに、ɿの下の丸は無声化の記号です。

ここから音声をきくことができます。(正規表現にチェックをつけて、地域・地点絞り込みで宮古の砂川を選択して「^人$」と調べると出てきます。)

ほかにも無声化している語形がないか探してみました。
例えば与論語があります。(朝戸・城というのはそれぞれ集落の名前)
文字が小さくてわかりづらいですが、「pi̥tɕu」(pちゅ)「pʰi̥ttɕu」(pっちゅ)とありますね。

与論方言データ集

https://core.ac.uk/download/pdf/276534846.pdf

おそらく沖縄語にもこの変化が起きたのでしょう。
そして、iの消失によって先行するpも弱くなりのちに消失し、代償延長で長子音化、要するに音がなくなって短くなった部分を促音の追加で補ったと考えられます。(詳しい話をすると、語が長いとこのような変化が起きないというルールがあるのですが、ここでは説明しません。)

今まで考えてきた変化を一旦整理します。

日琉祖語 *pitə > (琉球祖語) > pitʃu〜pitʃo > *ptʃu > ttʃu

次に琉球祖語の形を考えます。

上代日本語と日琉祖語と琉球祖語の母音はだいたいの音韻対応が予想されています。
iとəはそれぞれ、
i :: *i :: *1
o :: ə :: *o
と考えられています。(::は対応を表す)(Pellard2013 : 85)

https://hal.science/hal-01289288v1/document

pとtは上代日本語pitoと宮古語pɿ̥tuで共通しているので琉球祖語でもそうでしょう。
この2点から*pitoを再構できます

ところで、現代の沖縄語の母音はa,i,uの3つです。(とよくいわれますが、これは半分嘘で、沖縄語をよく知らない人でもわかりそうな「めんそーれ」などがあるように、eやoが使われることはわりとあります。基本的に3母音というのは間違えではありませんが、完全に3母音なのは琉球諸語では与那国語のみです。)
もとは現代日本語と同じような5母音だったものが口蓋化(舌の位置が上昇する現象)によって/e/が/i/に/o/が/u/の合流しました。
これで、琉球祖語*pito > pitʃuの変化を一部説明できますね。

次にtʃはどこからきたのかを考えます。
これは、①口蓋化 ②破擦音化とよばれる現象で、それには/i/が関係しています。
沖縄語では母音/i/に続く子音は規則的に口蓋化(拗音が入るような感じになるので、ここでは「ぴてゅ」となる)します。
そして破裂音tはさらに破擦音tʃへ変化します。

*pitu > *pitju > pitʃu
   ①        ②

最後ですが、少し話を戻します。
「ぴちょ」という語形がありましたが、あれは*u > o と変化する前の形です。
つまり、口蓋化は狭(せま)母音化(簡単にいえば3母音化)より前に起こったのでしょう。

まとめます。

日琉祖語 *pitə > *pito > pitjo > pitju > *pitʃu > *ptʃu > ttʃu

「っちゅ」はこのような変化を辿ってきたと考えられます。

んちゅ

ここまで「っちゅ」の語源を探ってきましたが、知りたいのはどちらかといえば「んちゅ」の語源です。

なんとなくわかるでしょうが、「んちゅ」は「っちゅ」の派生形です。
もう少し詳しくいうと、「んちゅ」は「っちゅ」の連濁形のようなものでしょう。

コトバンク

連濁とはこのような音韻変化を指しますが、一部の連濁は、属格標識である「*n-(助詞「の」など)」が弱くなった/n/が前鼻音化(子音の入りに鼻音がつくこと。)してできたものだと推定されています。

つまり、「んちゅ」は「〜の人」と完全に対応していると考えられます。

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