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退院したばかりの認知症の方に「私のこと覚えている?」は言わないほうがいい
年を重ねるほどに病院の世話になる機会は増える。ときには転倒して骨折したり、手術を要するほどの病気にかかることもある。しばらくの間、入院することもある。
本人にとっては制限の多い暮らしとなるため不便だし不快だろう。しかし、それに耐えて治療に専念すれば、ひとまずは自宅および介護施設など慣れ親しんだ環境に戻ることができる。
高齢の身なので元の身体機能に戻ることは難しいが、病院にいるよりは本人にとって良いことだ。知っている顔ぶれもたくさんいて安心するだろう。
それは入院していた方を受け入れる側も嬉しいことであろう。
・・・が、ここで1つ注意いただきたいことがある。それはしばらく入院していた高齢者に対して次の言葉をかけることだ。
「私のこと、覚えている?」
これは家族ならば問題ないが、例えばホームヘルパーや介護施設などの介護従事者などが口にすることは避けたほうが良い。特に相手が認知症を有している場合は余計に言わないほうが良い。
高齢者は入院すると身体機能だけではなく認知機能も低下する。身体機能はリハビリによる維持・向上が期待できるが、病院という同じ環境にずっといるため、場所や季節が分からなくなったり記憶力や理解力は大なり小なり落ちてしまう。
それは認知症を有してる場合はなおさらである。
もともと記憶力や見当識(場所や時間、季節などの把握)に支障をきたしているところに入院となると、認知症の諸症状は余計に進行してしまう。ようやく退院となるころには確実に進行する。
こうなると、入院前に何かしらの介護サービスを受けていたとして、それを提供していた介護従事者のことを覚えているかと言えば非常に微妙だ。
そんな状態の入院したばかりの高齢者(特に認知症あり)に対して「私のこと、覚えている?」と言うと、その人に多大なる混乱を与える。それ以上に目の前にいる介護従事者のことを覚えていない・思い出せないことに対してストレスを与える可能性もある。
ようやく落ち着けるというところに、介護従事者がわざわざ精神的負担をかける必要はないだろう。
しかし、久しぶりに対面する高齢者に対して「久しぶり、覚えてる?」と嬉しそうに話しかける介護従事者は少なくない。
それは介護従事者にとっては雑談や会話のきっかけであるかもしれない。
あるいは、覚えていたら嬉しいという自己満足のためかもしれない。
これは個人的な偏見として後者の意図が強いと思う。実際、先日も施設入所者が退院したときに多くの施設スタッフが「お帰りー」「元気だった?」の後に「私のこと、覚えてる?」と聞いていた。
それに対して入居者が「どなたでしたっけ?」と覚えていない様子だと露骨に落ち込むスタッフもいた。ちなみに、ここで言う施設とはグループホームであり入居者は認知症である。
認知症の方が数ヶ月の入院を経て、退院したところで施設スタッフから「覚えているか?」と問われたところで覚えていない確率のほうが高い。それを「自分のことを忘れている」なんて思うことは、気持ちは分からないでもないが、一方で傲慢にも見える。
というわけで、一定期間の入院を経て退院したばかりの高齢者に対して、介護従事者は「私のこと、覚えている?」というのは避けたほうが良い。
覚えてもらえたら嬉しいのは分かるが、特に認知症の方の場合は覚えていないと思ったほうが良い。イチから関係性を築くくらいに考えればいい。
とは言え、入院前の関係性は覚えていなくても、それまでやり取りした感情はちゃんと覚えている。だから、イチから関係性を築くと言ってもその速度は新規の入居者よりは速いと思って良いだろう。
なお、私は認知症の方を相手にするときは、常に「初対面と思われている」くらいに思っている。もちろん、明らかにこちらのことを覚えている場合は話は違うが、認知症は記憶障害を有していることは念頭に置いている。
そのことを忘れている介護従事者は「さっき言ったでしょ」となってしまうし、自分のことを覚えていないと「あんなに親身になって接してきたのに」などと落胆する。介護従事者ならば、このあたりはプロとして当然のことと受け入れたほうが良いと思う。
厳しい言い方だろうか?
これもまた介護のプロとしての考え方ではないか。
ここまで読んでいただき、感謝。
途中で読むのをやめた方へも、感謝。