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車椅子を押す速度は「自分が歩くスピードの半分以下」にする

■ 介護における車椅子介助の位置づけ


介護の仕事と言えば、高齢者が座る車椅子を介護者が押している、というイメージを持たれると思う。それはおそらく、介護施設のパンフレットで見かけたり、病院などで介護ヘルパーが車椅子を押している場面を見たことがあるからだろう。

そのため、高齢者が座る車椅子を押すことも介護の仕事の1つと思うのは、決して間違ってはいない。

車椅子による介助は、いわゆる「移動介助」の1つにあたる。
厳密に言えば「移動・移乗介助」だが、ここでは移動介助に絞って話を進めることにする。

移動介助とは、何も高齢者の車椅子を押すことだけではない。杖や歩行器を利用する方の歩行を見守りつつ一部介助することもあるし、歩行が安定している高齢者のそばで見守ることも含まれる。
それは直接的に高齢者の肉体に触れるだけが介助だけでなく、歩行を「観察」もまた介助の意義であり、介護の役割だからだ。

とは言え、身体機能の低下あるいは稼働困難な高齢者が車椅子を利用し、それを単独で動かすことが困難な場合、移動するには車椅子を誰かに押してもらう必要がある。そこにはやはり車椅子を押すという移動介助を担う介助者が必要となる。


■ 車椅子を押すくらい、誰でもできる?


車椅子を押すと言うと、「そんなの誰でもできるだろう」と思われるかもしれない。何なら子供だってできると言われそうだ。

確かに車椅子は乗る人の両サイドに大きな車輪があるため、自転車や自動二輪のように乗り手がバランスを取る必要はない。黙っていれば安定状態を維持することができる。

しかし、それは車椅子を動かしていない場合に限る。人間が座った状態で介助者が車椅子を押すと、色々な意味で不安定になる。

まず、初動には介助者が車椅子を押す力が必要である。それは慣性の法則からも自明のことである。
両サイドの車輪が平行に備え付けられているとはいえ、物体を動かす(動かし続ける)ために一定以上の力を加え続けることは意外に難しい。

平坦な道を障害物もなく目的地まで進むならば、誰でも車椅子を押し続けるできるだろうが、残念ながらそうはいかない。
人間が移動をするとは、舗装されていても多少の凹凸な道を進み、かつ他に同じ道を歩く人や何かしらの備え付け物体を避ける必要がある。

また、バリアフリーに配慮された施設においては車椅子でも移動しやすいように出入口などが坂道になっている。これは確かに車椅子での移動には非常に便利であるが、それを押す介助者にとっては多少の力とバランスを維持する必要がある。


■ 車椅子介助の極意は、平坦な道にあり


このように考えると「車椅子を押す」というのは単純に見えて奥が深い介助だと分かる。

しかし、ベテランの介護者であっても「車椅子を押すくらい、誰でもできるだろう」と教育や指導をすっとばすことは少なくない。もちろん、段差や坂道での介助は注意点として教えるだろう。

だが、車椅子における移動介助の本質を教えるならば、まずは平坦な道からじっくり教えたほうが良いと思う。

と言うのも、「車椅子を押すくらい、誰でもできるだろう」という認識から実践をするとリスクのある介助を身についてしまうからだ。
確かに実際にやってみると、多少は大変なことはあれど介助者の多くが「まあ、あまり難しいことはない」と思うはずだ。

しかし、それはあくまで介助者側の視点であって、車椅子に鎮座している高齢者は大丈夫かと言えばそうではない。それを避けるためには、まずは平坦かつ障害物の少ない場所で、車椅子を押すことの基本を習熟することを推奨したい。

■ 車椅子を押すときにやってしまいがちなこと


上記でもお伝えしたが、車椅子を押す介助者は何とか大丈夫でも、車椅子に座している側は大丈夫でないことがある。
このことをご理解いただくために、基礎ができていない介助者が車椅子で押すときにありがちな介助を、以下のようにまとめてみた。

① 介助者の普段の歩く速度で車椅子を押す
② 介助者が小走りの速度で車椅子を押す
③ 声掛けもないまま車椅子を動かす
④ 声掛けもないまま方向転換や後進する
⑤ 急ブレーキをかけるように車椅子を止める
⑥ 両足がフットレストに乗っていないまま車椅子を押す
⑦ サイドブレーキをしないまま、ちょっとした介助を始める
⑧ 片手で車椅子を押す
             
                         等々

思い当たる内容もあれば、そこまで気にしてないこともあると思う。
しかし、これらは車椅子を押してもらっている側、つまり車椅子に座ったまま介助を受ける側にとっては非常に怖いことである。

分かりやすいのは、声掛けもしないまま車椅子を動かすことだろう。特に介助者によっては、まるで遊園地のコーヒーカップのように勢いよく車椅子を方向転換していたのを見かけたこともある。
また、両足がフットレストに乗っていない、サイドブレーキをしない、片手で車椅子を押すなどは「ああ、ときどきある」と思われただろう。

これらは介助者の無意識さ、やむを得ずの事情などあると思うが、車椅子に座して介助を受ける側にとっては恐怖につながっていることを意識していただきたい。
また、そもそも声掛けは車椅子に限らず、介助全体の共通かつ必須事項であることは言うまでもない。


■ 車椅子を押す速度は、自分の歩行速度の半分以下


上記8つの例のうち、半分は何となく理解できると思われるが、「① 介助者の普段の歩く速度で車椅子を押す」「② 介助者が小走りの速度で車椅子を押す」はピンとこないと思う。これは仕方のない話とも言えるし、介護者の都合という面もある。

まず、仕方のない話を先に言えば、そもそも「速度」というのは主観的なものである。自動車を運転していてメーターが「50km/h」となっていても、「そうか、これが50km/h」かとはなりにくい。人によって速い遅いの感覚も違うと思う。
これは歩く速度も同様であり、自分では普通に歩いているつもりでも、周囲から見れば「せかせか歩いている」「トロトロ歩いている」と言われることもあろう。
そのような感覚的な話のためか、介護技術の基礎における書籍において、もちろん車椅子の使用法や介助法はあるものの、「このくらいの速度で押しましょう」という記載はあまりみかけない。

一方、介助者の都合の話で言えば、介護現場の多忙さから、ついつい介助を急いでやってしまうことがある。その1つの減少として、車椅子を押すスピードが知らず知らずに速くなっていることがある。
また、上記でも挙げたような「車椅子を勢いよく方向転換する」とか「声掛けせずに車椅子を後ろ進める」といったことも無意識でやってしまうのだ。

このような事象を憂慮しての、私個人としての考えを述べさせていただくと・・・

車椅子を押す速度は
自分が普段歩く速度の半分以下に留める


・・・ということを意識することを推奨したい。
普段から駆け足ぎみの方は三分の一くらいにしたほうが良いかもしれない。

車椅子はそこまで厳密な技術を要しないとは言え、留意すべき点は多々ある。一歩間違うと大事故につながる。
そうならないためには、介助者の負担に配慮することは当然として、利用者に恐怖心を与えるような介助は避けるべきである。

今一度、車椅子を押すという単純な介助を見直す機会にしていただければ幸いである。


ここまで読んでいただき、感謝。
途中で読むのをやめた方へも、感謝。

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