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「高度の平凡さ」4.レイテ沖海戦 (3)「高度の平凡さ」の欠如

『3.レイテ沖海戦 (2)海戦の推移』からつづく

 今回は、レイテ沖海戦を戦った日本艦隊に「高度の平凡さ」が欠けていた点を挙げていきます。また、この海戦では、米国海軍にも「高度の平凡さ」が欠けていた点があります。その反面で「高度の平凡さ」を見事に発揮した面もある。そこで、こうした点に関し、米国海軍についても触れます。

1.「高度の平凡さ」とは

 第1回で、「高度の平凡さ」とは「日常的・当たり前にできること」の水準が高いことと述べました。これをさらに具体的に言えば、次のⅠ・Ⅱ・Ⅲがそろっていることです。

「高度の平凡さ」楠瀬

 この3つは独立して存在できるものではなく、お互いに支え合う関係になっています。Ⅰで目的に心から納得していないと、Ⅱでの強い意欲と粘りが生まれません。また、Ⅲの高い技術があれば、高い水準の目的を追求することができます。高い技術は、困難を乗り越える粘りを発揮する上でも支えとなります。

2.日本艦隊にみられる「高度の平凡さ」の欠如


 対象を「高度の平凡さ」の欠如が最も顕著な日本艦隊主力にしぼって検討します。海戦の推移を示した下の図を参照しながらお読みください。

レイテ沖海戦/推移

2-1.  「高度の平凡さⅠ」の欠如

 「捷一号作戦」の目的は、「米軍のレイテ島上陸部隊を撃退するため、その補給源である輸送船団を撃滅することです。しかし、作戦の説明を受けた日本艦隊主力の参謀長は、この目的に心の底から納得していませんでした。また、この目的が本当に日本海軍の中で共有されていたのかにも疑問が残ります。以上を象徴するのが、次のやり取りです。

日本艦隊主力の参謀長:
「艦隊は御命令どおり輸送船団をめざして敵港湾に突進するが、途中敵主力部隊と対立し、二者いずれを選ぶべきやに惑う場合には、輸送船団を棄てて、敵主力の撃滅に専念するが差し支えないか」
大本営の参謀:
「差支えありません」
出典:野中 郁次郎 ほか『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』P189

 このやり取りがレイテ沖海戦の日本艦隊主力の司令部に行動の選択を誤らせます。船団護衛A艦隊 を艦隊の全力を挙げて攻撃したことです。小沢艦隊が米海軍主力をおびき出したことを知らなかったためA艦隊を米海軍主力と誤認したのですが、私は、輸送船でなく敵の主力艦隊を攻撃したくて、それも可とする言質を大本営から取り付けていたから、誤認した可能性があると考えています。人間は「見たいものを見る」生き物だからです。
 大岡昇平『レイテ戦記』は誤認に対しては同情的ですが、日本艦隊主力が全力を挙げて船団護衛A艦隊を攻撃したことを批判しています。

(艦隊司令部)があくまで「捷一号作戦」の目的に忠実であるなら、艦隊の一部を割いて米海軍主力(実は 船団護衛A艦隊 )を攻撃させ、主力はまっしぐらにレイテ湾を目指すべきであった
大岡昇平『レイテ戦記』[中公文庫旧版(上)P244~245/同新版(一)P266]から抜粋(一部改変)

 また、大岡は、戦闘の過程で相手が米海軍主力ではなく護衛艦隊だと気づくべきだったと述べています。

駆逐艦7隻しか護衛に連れていない米海軍主力なんてあり得ないのだから(重巡と見誤ったとしても少なすぎる)、戦闘の経過中に相手が船団護衛の艦隊だと気がついてもよさそうなものだ、と考えられるのだが、相手が米海軍主力であればいい、という希望が、合理的な判断を下すのを妨げたのである。
大岡昇平『レイテ戦記』[中公文庫旧版(上)P245/同新版(一)P266]から抜粋(一部改変)

 その後、日本艦隊主力はA艦隊をなかなか撃滅できず、逆に大型艦船2隻を沈められ、1隻を大破させられます。さらに、米軍が流したレイテ湾の防備を強化しつつあるという虚報を信じてしまいます。
 今後さらに強力な攻撃を受けると判断した日本艦隊主力は、北に進路変更してレイテ島から遠ざかります。そして、米軍が 船団護衛B艦隊 を強化する命令を傍受し、ついにレイテ湾突入を放棄してしまうのです。

2-2.  「高度の平凡さⅡ」の欠如

 日本艦隊主力は、「捷一号作戦」の目的に心の底では納得できていなかったので、目的を達成しようとする意欲が不足し大きな困難にぶつかったときの粘りもありませんでした。

 粘りの欠如は、レイテ島の西で米海軍主力の航空機から猛烈な空襲を受けた局面で現れます。艦隊は空襲を避けるためレイテ島とは反対の西に進路変更してしまいます。空襲は激しいものでしたが、艦隊が喪失したのは戦艦「武蔵」一隻だけです。ここは、断固として前進を続けるべき場面だったと私は考えます。

 日本艦隊主力が「空母を欠いているとはいえ、これは第二次大戦中、太平洋に現れた最強の水上艦隊であった(大岡昇平『レイテ戦記』)」にもかかわらず、小型空母と駆逐艦で編成された 船団護衛A艦隊 を撃滅できなかったのも、粘りが足りなかったと私は考えます。大岡は次のように述べています。

こうして日本艦隊主力は 船団護衛A艦隊 を殲滅寸前のところで砲撃を止め回頭してしまった。同時に、少なくとも一つの戦場で勝つ、唯一の機会は永久に失われてしまった。大岡昇平『レイテ戦記』[中公文庫旧版(上)P231/同新版(一)P251]から抜粋(一部改変)


 ただし、「捷一号作戦」の目的はあくまで輸送船団を撃滅することです。日本艦隊主力には船団護衛A艦隊 を相手に粘る必要はなく、湾内の輸送船団撃滅に向けてこそ粘るべきでした。にもかかわらず、船団護衛A艦隊に手こずっただけで諦めており、この粘りのなさが捷一号作戦の失敗を決定づけたと考えます。

2-3.  「高度の平凡さⅢ」の欠如

2-3-1. 砲撃の技術
 日本艦隊主力には日本海軍が「不沈戦艦」と呼んだ「大和」と「武蔵」が参加していましたが、大量の重油を消費する「大和」は射撃訓練を行わずに日本海軍の拠点に停泊していました。大岡昇平『レイテ戦記』は、「大和」が 船団護衛A部隊 に向けて発射した100発の砲弾は1発も命中しなかったという説があると述べています。[中公文庫旧版(上)P217/同新版(一)P236]から抜粋(一部改変)]これでは、高度な技術はおろか標準レベルの技術すら持っていなかったと言わざるを得ません。

2-3-2. 対空射撃の技術
 レイテ島の西で米軍航空機の空襲によって撃沈された「武蔵」の艦長は、次のように書き残しています。大岡昇平『レイテ戦記』から引用します。

本海戦に於いて全く申訳なきは対空射撃の威力を十分に発揮し得ざりし事にして、これは各艦共下手の如く感ぜられ自責の念に堪えず。どうも乱射がひどすぎながら返って目標を失する不利大である。遠距離よりの射撃並に追い撃ち射撃が多い
[大岡大岡昇平『レイテ戦記』[中公文庫旧版(上)/同新版(一)P211]

2-3-3. 通信の技術
 小沢艦隊は米海軍主力をレイテ島から引き離したことを空母「瑞鶴」の無線機からフィリピン方面のすべての日本艦隊に向けて発信したのですが、これを日本艦隊主力と西村艦隊は受信しなかったのです。このことが日本艦隊主力の行動に影響したことに、2-3-1で触れました。「瑞鶴」の無線機の性能が悪かったことに原因があるとされています。
 ところが、米軍が日本側には不明の経路で入手し戦後に日本に返還した「大和」の電報綴りには小沢艦隊から電報を受信した記録があった(内容は非公開)のです。ここから、日本海軍主力の司令部が実は小沢艦隊の任務成功を知っていたのではないかという疑惑が生まれたのですが、真相はいまだに分かっていません。
 ただ、電報が暗号化されていた場合は、受信してもそれが艦隊司令部に届かない可能性もあります。暗号解読には時間がかかるのです。艦船が暗号電報を発信し、それを僚艦が受信し、僚艦の通信部隊が暗号を解読して指揮官に届けるまでが通信であると考えると、日本海軍の通信技術には欠陥があったのです。

海戦は300カイリ離れた3つの海面で行われており、それを連携するものは通信よりなかった。ただ、当時の通信組織では、受信、暗号解読に手間がかかり、能率的でなかったのが、致命的な障害となった。
大岡昇平『レイテ戦記』[中公文庫新版(上)P /同新版(一)P227]


3.米海軍主力の「高度の平凡さ」欠如

 米軍主力艦隊は北方に引き返す小沢艦隊に追いつけずにいる間に、船団護衛A艦隊 からの救援要請を受信しますが、これを無視して小沢艦隊の追撃を続けました。当時、米国海軍は陸軍のレイテ島上陸を助けることを第一優先としていました。
 米軍主力艦隊は敵艦隊と戦闘してもよいというアイマイな立場にありましたが、レイテ湾に日本艦隊主力が現れた以上、レイテ島に引き返すべきでした。米海軍主力は米国海軍の目的に心の底から納得しておらず、判断を誤ったのです。

4.船団護衛A艦隊のパイロットと駆逐艦が示した「高度の平凡さ」


 米国海軍の 船団護衛A艦隊 は日本艦隊主力を牽制しながら船団護衛B艦隊と合流しようと南に進みます。レイテ湾の輸送船団を守るという護衛艦隊の目的に反しているように見えますが、早々に殲滅されては日本艦隊主力が自由に輸送船団を攻撃できてしまうという現実的な判断が働いたものと考えます。

 A艦隊の航空機パイロットたちは、普段は米軍上陸部隊を支援するための地上攻撃に従事していて艦船攻撃は苦手でした。
しかし、日本艦隊主力を牽制し自艦隊の空母への接近を遅らせるという目的に忠実に行動しました。急降下、増速、魚雷投下、反転という基本を粘り強く繰り返したところ、日本艦隊主力の対空射撃の不正確にも助けられ大型艦船2隻を撃沈し1隻を大破させるという戦果を上げ、日本艦隊主力に不安を引き起こします。この不安が日本艦隊主力がレイテ湾突入を放棄した理由の一つですから、結果論として、A艦隊のパイロットたちはレイテ湾の輸送船団を守り切ったとも言えます。

 A艦隊に駆逐艦が随行している目的は空母を日本海軍の攻撃から守ることです。この目的を果たすため、A艦隊の7隻の駆逐艦は、それぞれ別個の日本艦船に向かって突っ込み魚雷で攻撃しました。このうち、「サムエル・ロバーツ」、「ジョンストン」、「ホール」の3隻が日本艦隊主力に撃沈されています。

「ホール」は艦尾に数発の命中弾を受けて、操舵不能になった。気がつくと「金剛」に向かって進んでいたので、仕方なく前部砲門を撃ち続けた。四方から集中砲火を浴びて、沈没した。(楠瀬注:艦船をサイズと武装で分類した場合、「金剛」は最大カテゴリーの戦艦、「ホール」は最小カテゴリーの駆逐艦)
大岡昇平『レイテ戦記』[中公文庫旧版(上)P222~223/同新版(一)P242~243]から抜粋


5.付言:海戦の残酷さ


 以上、レイテ沖海戦の過程に、「高度の平凡さ」が欠如していた場面と、それが発揮されていた場面を検討してきました。そこからビジネスに使えるヒントを得るためですが、海戦がいかに残酷なものであるかを忘れてはいけないと考えます。大岡昇平『レイテ戦記』から引用します。

僕は血のりに足をとられながら自分の配置のほうへはうように駆けだした。足の裏のぐにゃりとした感触は、散らばっている肉のかけらだ。甲板だけじゃない。それはまわりの構造物の鉄板にもツブテのようにはりついて、ぽたぽた赤いしたたりをたらしているのだ。応急員のマークをつけたまだいかにも子供っぽい丸顔の少年が、何かぶよぶよしたものをひきずりながら、横向きになってもがいている。歯をくいしばっている顔は、死相を出して土色だ。みると腹わたを引きずっているのだ。うす桃色の妙に水っぽいてらてらした色だった。(渡辺清『海ゆかば水漬く屍』)
大岡昇平『レイテ戦記』[中公文庫旧版(上)P191~191/同新版(一)P208~209]から抜粋

『5.目的への納得と目的の共有』につづく





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