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イタリア人、ラーメン店の名物オヤジになるーPlanned Happenstance か?

 東洋系経済オンラインの記事を眺めていたら、イタリアから日本に移り住んで名物ラーメン店の店主になった方の記事に出会いました。その方の人生に感動しているうちに、職業キャリアの形成理論のひとつを思い出しました。ここでは、両者を紹介したいと思います。


1.偶然が大きく作用したジャンニさんの半生


 東京の西東京市に大繁盛の老舗ラーメン「一八亭」(いっぱちてい)があります。ここの店主は、イタリア人のジャンマリオーリ・ジャンニさん(57歳)です。
 この方の来し方を東洋経済オンラインが取り上げているのですが、これが実に面白い! NHKの朝ドラにしたら高視聴率間違いなしの波乱万丈、泣き笑いの人生ドラマです。

 詳しい内容は記事を読んでいただくとして、要点だけを抜き出します。

①タイで日本人女性と恋に
イタリアで植木屋さんをしていたジャンニさん。観光で訪れたタイで、そこでタイ語を学んでいた日本人女性の知枝さんに一目ぼれ。いったん帰国するも友人との共同事業でタイに移り、知恵さんとの交際を深める。

② 愛する女性とともに日本へ
知枝さんの帰国に帯同してジャンニさんも来日。

➂イタリア料理店で働きつつラーメン店の手伝い
知枝さんの実家はラーメン店の「一八亭」(いっぱちてい)。ジャンニさんは知枝さんの勧めでイタリア料理店で働くが、「一八停」も手伝う

④ラーメン店の厨房に立つが、苦戦
「一八停」の厨房を任されていた中国人スタッフが帰国し、ジャンニさんが厨房に立つ。しかし、イタリア人ということで敬遠され店は苦境に。

⑤イタリア風のオリジナル・メニューがヒット
知枝さんの勧めもあってイタリア風のオリジナル・メニューを加えたところ、これが大ヒット。地元の名物店に。今ではジャンニさん目当ての常連さんも多数。

 一人の女性との出会いという偶然、そこに女性の実家がラーメン店だったという偶然が重なり、イタリア人のジャンニさんが名物ラーメン店のオヤジになったわけです。《偶然の作用、侮るべからず》です。

2.偶然を重視する Planned Happenstance Theory


 偶然の作用が大きく作用したジャン二さんの半生を読んで、私は、研修講師時代に学んだジョン・D・クランボルツの Planned Happenstance Theory(計画的偶発性理論)を思い出しました。ご存じの方が多いと思いますが、偶然の作用に着目したキャリア形成理論です。
 
 理論の説明としては、次の2つがよくまとまっています。

【参考記事1】

【参考記事2】

【参考記事1】と【参考記事2】を突き合わせながら、この理論について整理してみます。

【理論の前提】

前提1:観察された事実
クランボルツがアメリカ人を対象に行った調査では、18歳時点でなりたいと思っていた職業についた人の割合は2%で、ビジネスパーソンとして成功した人たちのキャリア上の転機の8割が本人の予想しない偶然の出来事によるものだった。

前提2:現代社会の環境
グローバル化とIT技術の進歩が急速に進んでいる現代では、社会や企業の状況変化を個人が正確に予測することは難しいし、コントロールするのはさらに難しい。

【理論の内容】

A.予期せぬ出来事は個人のキャリア形成にポジティブに作用しうる。

B.個人の行動と努力次第で偶然の出来事をキャリアの新展開につなげることができる。

C.何かが起きるのを待つだけでなく、意図的に行動することでチャンスを増やすことができる。

 私は、Planned という表現は、やや強すぎるのではないかと思っています。理論に上記Cの要素を含めているからPlanned と言っているのでしょうが、計画的に偶然を引き寄せるというのは、なんだか論理矛盾に感じられます。偶然の機会を最適化すると考え、”Happenstance Optimization” とする方が良いような気がしています。

 それはさておき、偶然が大きく作用したジャン二さんの半生は、この理論の実例ととらえることができます。

3.ジャンニさんは、偶然に”流されて”はいない

 
 ところで、ジャンニさんの半生を考える上で、決して見逃してはいけない点があります。それは、ジャンニさんは偶然の流れに乗りはしたけれども、決して、流されてはいないということです。
 
 ジャン二さんの生き方には、状況が変わっても変わらない太い芯がいっぽん、しっかり通ってます。それは「愛に生きる」ということです。

 ジャンニさんが日本に来たのは、日本人の知枝さんを愛し、人生を共にしたいと思ったからです。日本に来たジャンニさんは、ラーメンも愛するようになります。

私は日本に来てこの店で初めてラーメンを食べました。今でも忘れませんが、初めて食べたのは辛味噌ラーメン。それ以来、味噌ラーメンが大好きになりました

『東洋経済オンライン』記事から引用/太字化は楠瀬

 ジャンニさんは、知枝さんのラーメン店を手伝うことも考えますが、知枝さんは、ジャンニさんに別の道を勧めます。

ラーメン店を手伝うという選択肢も浮かんだが、知枝さんから「ラーメン屋を手伝うのは無理よ」と断られた。ジャンニさんは「なぜ?」と疑問に思ったが、しばらくイタリアンのお店で働き続けた。

『東洋経済オンライン』記事から引用/太字化は楠瀬

 知枝さんが自分とラーメンを愛してくれているジャンニさんの申し出をなぜ断ったのかは、こちらのエッセイに記しました。併せてご覧いただけると、幸いです。

 
 しかし、ジャンニさんは、ラーメンの味を忘れませんでした。

ジャンニさんはイタリアンの仕事から帰ってはカウンターで「一八亭」のラーメンを食べ、その作り方を目で見て覚えていた

『東洋経済オンライン』記事から引用/太字化は楠瀬

手伝うのは無理と断られてもイタリアンの仕事から帰って疲れているはずなのにラーメンの作り方を目で見て覚えたのは、ラーメンを愛していたからだと思います。

 「愛に生きる」という太い芯棒が一本通っているからこそ、イタリアからタイ、タイから日本、イタリア料理からラーメンという状況変化に流されるのでなく、それに主体的に向き合い、自分の人生を切り開いてくることができたのだと、私は考えます。

 もうひとつ考えられるのは、ジャンニさんは手仕事が好きだったのではないかということです。イタリアで植木屋さんをしていたこと、日本に来てからもラーメンの作り方をすすんで覚えたこと、オリジナル・メニューを作り出してきたことから、手仕事への愛着がうかがえる気がします。

4.「価値観」と「好き」が大事

 
 最後に、ジャンニさんの実例とPlanned Happenstance 理論(私流に言えばHappnestance Optimization 理論)から個人のキャリア形成についてのヒントを導き出したいと思います。

 蛇足なような気もするのですが、研修講師やテキスト作成をしていた経験からくる習い性で、ひとこと教訓めいたことを言ってしまいたくなるのです。ご容赦ください。

 そのヒントは

キャリア形成について分析的に詳しく考える必要はないかもしれないが、自分の価値観と自分が好きなことからは外れない方が良い

ということです。

 自分の価値観にマッチしていて意義があると確信できる仕事であれば、困難にぶつかっても、簡単には諦めずに粘ることができると思います。
 お店がうまく行かない状況でもジャン二さんが粘れたのは、知枝さんのラーメン店を盛り立てることが、知枝さんへの愛とラーメンへの愛を貫くことだったからだと思います。
 その結果、ジャンニさんのように最後は成功を手繰り寄せることが期待できます。仮に確かな成功が得られなかったとしても、課題に取り組む過程で得られるものが多く、それは、次のステップに必ず役立つと思うのです。
 ですから、偶発的な出来事をキャリア形成の契機にするとしても、自分の価値観に合致する方向に舵を取ることが望ましいと考えます。
 
 ジャンニさんは困難な状況で粘り抜き、困難を克服するための創意工夫をしたから最後には成功することができました。私は、自分の仕事が好きだということが、この粘りと創意工夫の源だと思います。
 好きな仕事なら、困難にぶつかっても、それを苦に感じる度合いは小さいでしょう。好きな仕事に創意工夫を凝らすことは、それ自体が楽しみのはずです。
 ですから、偶発的な出来事をキャリア形成の契機にするとしても、自分が好きだと思える仕事からは外れない方が良いと思います。

 もっとも、孔子大先生によると、もう一段上があるそうです。それは、「楽しむ」ということです。好きなことなら、当然やっていて楽しいだろうと突っ込みを入れたくなるのですが、大先生の言葉を引用して、このエッセイを締めくくりたいと思います。

之(これ)を知る者は、之を好む者に如かず(しかず)。
之を好む者は、之を楽しむ者に如かず。

孔子『論語』より

諸橋轍次『中国古典名店時点』(講談社学術文庫、2011年)


ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。


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