「高度の平凡さ」 3.レイテ沖海戦 (2)海戦の推移
『2. レイテ沖海戦 (1)戦略と作戦計画』からつづく
「捷一号作戦」を受けて、日本海軍はどのように戦ったのでしょう? 今回はレイテ沖海戦の推移を見ていきます。
1.概 要
結論から言えば、「捷一号作戦」は失敗に終わりました。海戦の推移を下の図に示します。
※小沢艦隊は「オトリ」任務に成功
(上の図/右上隅)
※日本海軍主力は北方からの「殴り込み」を中止
(上の図/中央上)
※西村艦隊は南方から単独で「殴り込み」を決行しようとしたが、米軍の 船団護衛B艦隊 に待ち伏せされて全滅
(右上図/中央下)
※米軍の輸送船団は損害なし
(右上図/中央)
2.日本艦隊主力の遅延
日本艦隊主力は、レイテ島西方で米海軍主力の航空機から激しい空襲を受け、これを避けるためレイテ島とは反対の西へ進路変更します。「捷一号作戦」では日本陸海軍の陸上基地の航空機が米海軍主力を攻撃する計画でしたが、これが十分に行われていないと考えたのです。艦隊から西に進路変更したと報告を受けた海軍上層部は、「捷一号作戦」が失敗するのを恐れ、作戦に参加している3つの艦隊に「全軍突撃」を命じる電報を送ります。
日本艦隊主力は、空襲が止んだので全軍突撃の電報を受け取る前に東に進路変更し再びレイテ湾へ向かっていたのですが、2度の進路変更により進行が遅れ、「捷一号作戦」が定めていた10月25日早朝のレイテ湾突入が不可能になってしまいました。
3.小沢艦隊の「オトリ」任務成功
小沢艦隊は米海軍主力をレイテ島から引き離すことに成功します。これは日本艦隊主力が米海軍主力から攻撃された後でしたが、「捷一号作戦」の計画範囲内のタイミングでした。
ところが、小沢艦隊が発信した「米海軍主力のおびき出しに成功」という電報が、日本海軍主力の司令部に届かなかったのです。これが、その後の海戦の経緯に重大な影響を及ぼします。
小沢艦隊は米海軍主力の航空機から猛烈な空襲を受け、艦隊に所属する3隻の空母をすべて失いますが、それでも戦艦「日向」ほか9隻を日本本土に連れて帰ることができました。
4.日本艦隊主力の攻撃目標変更
レイテ湾に接近した日本艦隊主力は米国海軍の 船団護衛A艦隊 を発見します。小沢艦隊が送ってきた「米海軍主力のおびき出しに成功」の電報を見ていなかった日本艦隊主力の司令部は 船団護衛A艦隊 を米海軍主力と誤認し全艦にA 艦隊攻撃を命じます。この背景には、「捷一号作戦」の説明会での次のやり取りがありました。
日本艦隊主力の参謀長:
「艦隊は御命令どおり輸送船団をめざして敵港湾に突進するが、途中敵主力部隊と対立し、二者いずれを選ぶべきやに惑う場合には、輸送船団を棄てて、敵主力の撃滅に専念するが差し支えないか」
大本営の参謀:
「差支えありません」
出典:野中 郁次郎 ほか『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』P189
どちらの参謀も、「日本海軍は、米国海軍を艦隊決戦で撃滅するためにある」という自己認識にとらわれていたのです。
5.日本艦隊主力の反転
船団護衛A艦隊 は改装空母と駆逐艦から成る弱小艦隊でしたが善戦し、2時間で日本海軍主力の大型艦船を2隻撃沈し、1隻を大破させます。また、米軍の上陸部隊は日本艦隊主力を牽制するため、実際は使用できないレイテ島上の飛行場が使用可能であるという平文(暗号化されていない)電報を発信します。
日本艦隊主力は敵艦隊に十分な打撃を与ていない上にレイテ島からの航空攻撃も受けると判断し、レイテ湾とは逆方向の北に進路変更します。
5.西村艦隊の単独突入と全滅
西村艦隊は米航空機の攻撃を受けず、「捷一号作戦」の計画通りのタイミングでレイテ島の南海上に到着しました。この西村艦隊にも海軍上層部の全軍突撃命令が届きます。西村艦隊の司令官、西村中将は日本艦隊主力の到着を待たずに、単独でレイテ湾に突入することを決意します。
私は、西村中将が日本艦隊主力の本気度を疑ったのだろうと考えています。大岡昇平『レイテ戦記』は、西村中将には急いでレイテ湾に突入したい動機があったと言います。
西村中将は最初から玉砕という感情的動機に支配されていたのである。
[中公文庫旧版(上)P203/同新版(一)P221]
西村中将は夜戦を好んだ。少しでも夜戦の時間を取りたかったのではないかと思う。[中公文庫旧版(上)P204/同新版(一)P222]
西村中将はこの前海軍大尉であった一人息子を同じフィリピンの海戦で失ったところであった。[中公文庫旧版(上)P205/同新版(一)P223]
米国海軍の 船団護衛B艦隊 は西村艦隊の動きをつかんで、待ち伏せていました。大岡昇平『レイテ戦記』は、船団護衛B艦隊 の西村艦隊への攻撃を次のように述べます。
煙幕の後ろから4,000発の徹甲弾、高性能弾の斉射を浴びせて、この弱小艦隊を粉砕してしまったのである。これは太平洋で戦われた最も無残な殲滅戦であった。[中公文庫旧版(上)P205/同新版(一)P223]
6.日本艦隊主力のレイテ湾突入中止
日本艦隊主力は、米海軍がマヌス島に帰る輸送船団に随伴している護衛艦隊の一部に 船団護衛B艦隊 と合流するよう命じた平文電報を傍受します。日本艦隊主力の司令部は次のように判断しました。
① 基地航空部隊の協力が得られず、また通信不達のため小沢艦隊の牽制効果も明らかでなく、自分たちだけが孤立して戦っている。
② レイテ湾口では米軍艦船が自分たちのレイテ突入を予期して邀撃配備をしている。
[野中 郁次郎 ほか『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』P210 から抜粋および一部改変]
この判断に基づいて日本艦隊主力はレイテ湾への突入を中止し、北に反転します。これによって小沢艦隊と西村艦隊をすり潰して遂行されてきた「捷一号作戦」は作戦の目的を達することができず、失敗に終わってしまったのでした。
次回は、この海戦の過程に現れた日本海軍の「高度の平凡さ」の欠如をみていきます。
〈4. レイテ沖海戦/④「高度の平凡さ」の欠如〉につづく
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