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社員の何を評価するか

 個人と組織の関係を考える時、どうしても避けて通れないのが「評価」の問題です。総合的なマネジメントを取り扱った書籍で、「評価」の理論と実践に1章を割いていない本は、極めて少ないだろうと思います。
 私は人事部門を経験し研修企業でも人事考課研修に従事してきましたが、既存の研究成果や理論と実践に付け加えるほどのものはありません。ただ、現役を離れて自由に物を言いやすくなった立ち場から、本音ベースでざっくりと個人的見解を記したいと思います。


 社員の何を評価するかを考えるときは、日常業務についてにの人事考課と上位ポストへの選抜や上位等級への昇級にかかわる「昇格」(私の用語です)に分けた方が整理しやすいと考えています。

1.人事考課

 人事考課で何を評価するか? 90年代後半から「成果主義」が主流となり、「正確に成果を測定する方法」が人事考課をめぐる議論の中心になってきたという印象を持っています。

 ですが、私は、人事考課では、成果そのものではなく「成果に結びつくと期待される行動」を評価する方が安定した人事考課制度をつくりやすいと考えています。
 
 その理由は、「正確に成果を測定する方法」を論ずる中でよく触れられる次の2つの切り分けの難しさがあるからです。

※成果は人事考課の対象となる社員だけでなく、過去の他の社員が積み重ねた努力の上に成り立っている場合が多い。そうした過去の蓄積と考課対象者が上げた成果をどう切り分けるか?

※成果は人事考課の対象となる社員だけでなく、その上司・同僚・部下、さらには連携する他部署とのチームワークの上に成り立っている場合が多い。そうしたチーム全体としての成果と考課対象者が上げた成果をどう切り分けるか?

 行動を評価する場合は、

① 過去からの蓄積を活かす行動をどのくらいの頻度でとったか

② チームワークを成果に結びつける行動をどのくらいの頻度でとったか

をチェックすることで、切り分けの難しさを回避しやすくなると考えます。

 上で「どのくらいの頻度でとったか」と記しましたが、私は、行動は、質や強度ではなく頻度で測る方が、安定した評価制度を作ることができると考えています。評価者は、成果に結びつくと期待される行動をリストアップした評価表を手元に持ち、そこに、そのような行動を目撃した回数を記録していけばよいのです。

 この方法でも、評価する側がされる側をどのくらい丁寧に観察するかで評価に差が出るという問題が残ります。こればかりは、評価者トレーニングを徹底してレベル合わせをしていくしかないと思います。

 最後になりますが、人事考課の原則としてマネジメント研究者が上げる事柄のひとつに「評価される社員の人格には触れない」というものがあります。これについては、企業ごとに色々な考え方があり一般原則として確立しているわけではありませんが、私は、守るべき原則だと考えています。人格に関わることを人事考課の対象に含めると、企業が個人の内面に干渉する危険が生じると考えるからです。

2.昇格の検討

 昇格を検討する際には、次の2点を検討する必要があると考えています。

A:    人事考課の歩み
B: リーダー適性

 企業が成果を出すために存在している以上、成果と関連が深い人事考課を外すことはできません。それも単年度ではなく複数年度を見る必要があるでしょう。具体的には企業と業務部門の特性によって決まることですが、ザックリ言って、5年分を見た方が良いと思います。

 人事考課は人格に触れるべきでないと申し上げましたが、リーダー適性には人格的な要素を含めざるを得ないと考えています。リーダーは、組織が直直面する様々な問題に対して、メンバーの力を結集して解決を図る必要があります。
 その中では、はじめて直面する予測困難な問題にも取り組まなければなりません。あらかじめ想定できる望ましい行動のリストを満足しているだけでは務まらず、価値観、勇気、レジリエンスなどの人格的要素がモノをいうと考えます。

 リーダーシップもマネジメント研究の重要テーマで、理論・実例の両面で、優れたテキストが多数存在します。ただ、それらを鵜吞みにするのでなく、そこに書かれている内容と自社が目指す方向性を照らし合わせて、自社に適した評価基準をつくっていくことが望ましいと考えています。

3.人格的要素(先輩方のことば)

 最後に、人格的要素に関して、むかし人事部門の先輩方から聞いた観点に触れて、このエッセイを締めくくりたいと思います。

3-1.納得感(H先輩)

 先輩のHさんは、「やはり、部門内の納得感だろう」と言っていました。Hさんが部門と言ったのは、昇格する人間の所属部署だけでなく、その関連部署も含めたグループという意味です。このグループのメンバーの少なくとも7~8割が「あの人が昇格するのはもっともだ」と思えるような昇格人事が望ましいというのがHさんの考え方でした。
 ただし、これは企業が安定軌道にある時は有効ですが、変革期にある場合は変革にマイナスに働く場合があるので要注意です。また、ジョブ型よりもメンバーシップ型雇用に適した基準だと考えます。

3-2.すわりの良さ(N先輩)

 先輩のNさんは、「部長なら部長に据えたときのすわりの良さだな」と言っていました。「部門の納得感」と大体同じ意味ですが、組織マネジメントという観点で、なかなか「味な」表現だと思います。

3-3.人格的迫力(T先輩)

 先輩のTさんは、「やっぱり人格的迫力だろう」と言っていました。私は、この言葉が好きです。
 私の感覚では、「納得感」と「すわりの良さ」には、「イイ人」志向の匂いがあります。これに対して、「人格的迫力」となると「とんでもない奴でも、頼りになるならOK」という感じがあります。
 日本企業を取り巻く環境はますます厳しくなり、イノベーションと組織変革が求められています。また、ジョブ型の雇用も今後広まっていくでしょう。そういう状況で、「人格的迫力」はひとつのキーワードになり得るのではないか……などと、勝手に考えている次第です。

 
 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


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