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2022年4月に読んだ本
4月です。
1 永井みみ『ミシンと金魚』★★★★★
西荻・今野書店で気になり購入。
うーん、これはすばらしい。なぜ前回の芥川賞候補にならなかったのかが不思議だ。認知症の語り手が限られた語彙で、しかしこれ以上ないくらい生き生きと描き出す狭い世界と自身の生涯。小説にとって何よりも大事なのは語り、その声であるということを、改めて突きつけられる。宇佐見りんのデビュー作『かか』にも通づるような独特の訛りのような地文も癖になる。次の作品も読みたい。
2 三角みづ紀『オウバアキル』★☆☆☆☆
三角みづ紀のデビュー作。図書館で借りた。
前に読んだ『錯覚しなければ』より作者の病気(主に精神的な)が題材になっているものが多い。依然として私にはよくいるメンヘラネットポエマーとの違いがあまり分からない。
3 藤原安紀子『ア ナザ ミミクリ』★★★★☆
図書館。
やっぱり藤原安紀子は好きだ。意味はほとんど分からないんだけれどそれでもよい。なんとなくこの詩集からは朝吹亮二の影響も感じた。
じぶんにちからないちから 運ばれていく背をまるめ
こぼれつく丘につどい あなたたちは朝の草原を生む
瞬くこともなくうごかない目を おいては掘りおこし
かさなり泳いでいくだろう はなすものを包みぼくは
反撃しつづける じぶんのちからでなく殺すものたち
ぼくも殺すとおもいます 生きていなくとも返信して
数多の語を途切れなく 膨張しつづける語を束にして
こころなどというものを語れぬように 己の声で歌い
光速でばくはしていくサンクチュアリで あそぼうよ
4 井戸川射子『する、されるユートピア』★★★★★
私が応募した年の中原中也賞受賞作。これも図書館。
めちゃめちゃよかった。所有したい。何度もゆっくりひとつひとつ読んでいきたいような作品ばかり。決して難解でないのに、ふつう言語では語れないことを語っている。これはなかなかそうそう書けるものではない。
店員にマンガの戻し方を注意されてぼくもこの人と同じ、
何一つ新しい言葉を発明しないだろうと思った
「みんな、何になったんだろうね」知らない、
流される景色にかける言葉もない
教室で二人組を作れない不安を知っているかな、白菜たち。
詩があった、それで良かったです、体だけでは感動を与えられないから、言葉をすごく上手に使いたい、考えるのは組み合わせだけでも、引き出せれば見たことのない帯で、ただ、順序よく並べるためだけのものではないと信じます。
5 テッド・チャン『あなたの人生の物語』★★★★★
たった2冊しかないテッド・チャンの短編集のうちの一つ。西荻・今野書店で購入。
前に読んだ『息吹』同様、すべての短編の完成度が高く、捨て作がない。こちらの方が先に出た作品だからか、『息吹』では現代の科学的知識と整合性の取れた作品が多かったのに比べ、本作では現代の科学的には間違いであると分かっている世界観で書かれている作品があり、それもまた面白い。テッド・チャンの作品はただSF的な世界観が矛盾なく描かれているだけではなく、その技術や秩序などによってそれぞれに悩み違う選択を行う人間たちの葛藤やぶつかり合いを描いていてとても面白い。SFを1作だけ読むとしたらテッド・チャンで間違いないのではないか。そう思う。
6 米原万里『旅行者の昼食』★★★★★
三鷹・水中書店で発見、購入。
相変わらず面白い。私、食にがめついんです!みたいなエッセイはあまたあるが、これは相当がめつい。非常によい。軽くネタバレにはなるがタイトルの「旅行者の朝食」が一般名ではなく固有名であるのがびっくり。どういうことかは本書をぜひ読んで確かめてみてほしい。あと、本作中で作者にさらっと大嘘を吐かれ、危うく信じてしまうところだった、となる箇所が1箇所あるのでそれも楽しみに読んでみてほしい。
7 中島義道『孤独について 生きるのが困難な人々へ』★★★★☆
久々の中島義道。三鷹・りんてん舎で購入。
この本はほとんど中島義道の自伝である。情けないことや人に言うと反感を買いそうなことをわざわざ書かずにはいられない人は私の好みだ。一通り読んで彼は意外にそれほど孤独に強いタイプでもないということがわかった。それも正直に書かれている。金持ちや東大卒に拒絶反応を示さない生きづらい人は読んでみたら面白いと思うが、自分の生き方の参考になるかというとそれはならない。やはり中島義道は特別である。読み終えたときそう思うことになる。
8 ルシア・ベルリン『すべての月、すべての年』★★★★★
これをずっと待っていた!!西荻・今野書店で購入。
もう読む前から知ってる。すべてがよすぎると。もうよすぎるよ。前回の短編集との違いをあえて挙げるとしたら主人公が作者ルシア・ベルリン本人でない作品が収録されていること。それもまたよい。今回の短編集に収録されているなかで私が一番好きだったのは「救急救命室ノート、一九七七」。彼女の作品は性や死がとても笑わずにはいられない面白さで書かれいて最高だ。
ナースと救急車のクルーたちは、しょっちゅう不謹慎な軽口を叩きあう。「ほい、卒中ベリーマッチ!」。気管を切開したりモニター装着のために剃毛したりしながらぽんぽん飛び交うジョークに、最初はわたしも面食らった。腰骨を骨折した八十歳のお婆さんが「だれか手を握って!お願い、だれか手を!」と泣き叫んでいる横で、救急車のドライバーたちはオークランド・ストンパーズの話で盛り上がっている。
「ちょっと、手、握ってあげなさいよ!」ドライバーがアホか、という目でわたしを見た。今ではわたしも手はめったに握らないし、ジョークもばんばん言う、なんなら患者がいる前でも言う。現場の緊張とプレッシャーはすさまじい。生きるの死ぬのに一日じゅう付き合っていると、身も心もすり減ってしまう。
9 岡本啓『ざわめきのなかわらいころげよ』★★★☆☆
第一詩集『グラフィティ』があまりにもよかったので図書館にあった第三詩集である本作を読んだ。2冊組。
第一詩集は詩の組み方では特に遊んでいないのだが、第三詩集ではかなり遊びがある。日記、または印象スケッチのような詩もあれば、極度に抽象的な詩もある。それらがでたらめではなく精緻に計算された配置で置かれているのだとわかる詩集だ。この詩人はすごく紙面のデザイン的な意識の強い詩人なのだと知った。ただなんか彼の詩からは日本の地名ではなく海外の地名を聞きたい。あと第一詩集よりかなり詩人向けの詩になっている。もっとポップな詩を書いた方がこの人はよさを発揮できるんじゃないかな。
10 『広告コピーの教科書 11人のプロフェッショナルの仕事から伝える』★★★☆☆
たまには仕事に直接関係のある本も読むか、ということで図書館で借りてみた。
読み物としては結構面白い。一流の中でもコピーライトを自己表現とする人と自己表現ではないとする人がいるのがわかった。でもみんな一世代二世代は前の人たちなので、私と同世代の人がどんなに頑張ったってこういういかにもコピーライター然としたコピーライターにはなれないよなとも思う。私自身、コピーライターとして、広告の人として、どこを目指していけばいいのか分かっていない。
11 山田亮太『オバマ・グーグル』★★☆☆☆
『誕生祭』がよかったので図書館にあった本書も読んでみることに。
WikipediaやGoogle、公園内の注意書きや落書きなどを用い、自分の言葉は一切使わず作られた詩を詩と言えるのかどうかはわからない。雑多な短い文章のパッチワークのような詩、読んでいて楽しいかと言われると楽しくはない。ただこういう方法を用いてこの詩人が何をしたかったかは一読でも何となくわかった。独自性のあるように見える表現も、個々人の多様な人格も、言ってしまえばただの組み合わせ、パッチワークでしかないのかもしれない。いつか消えてしまう日常の中のありふれた言葉、暴力的な風景、時代の空気感。ある種民俗学的な保存にも寄与していると思った。
12 『稲川方人全集』★★★☆☆
古本屋で一度見かけたが高かったので買わなかった。こういう本こそ図書館で読みたいのだよ。
この全集の中で私が初見だったのは未刊詩集〈鹿のゆくえ〉と一部の初期詩編だけ。しかし現代詩文庫に二段組で収録されているかたちでしか読んだことのない詩集が広々とした本来の組み方で読めたのはよかった。ただいかんせん分厚く開きにくい。読まれることを拒んでいるかのようである。
松本圭二はこの全集の栞に以下のような文章を寄せている。
市場からはもちろん、文芸批評からも長く現代詩はダメだと言われ(無視され)続けているが、何が実際ダメなのかはよく見えていない。だが稲川方人の詩集を読むとき、なるほどこれは確かにダメだろうと実感できる。こんな卑屈な態度で何ができるのかと。しかしだ、稲川は詩を可能にする「現実」を問うているのではない。「文学」ごときが信じているそんな「現実」など、もはやありはしない。ここで問われているのは詩を可能にする「条件」だけである。
この文章はすでに松本圭二セレクション第9巻『エッセイ 批評 チビクロ』で読んでいたのだが笑ってしまう。たしかに。こんな卑屈な態度で何ができるというのだろう。稲川方人は松本圭二のように露骨な露悪などはやらない。しかしとても卑屈だ。ただその詩は詩として美しい。あと、この全集で松本圭二が前掲書で引いていた「さようならアントナン、ぼくはまだそこまでは行かない」を読めたのが嬉しかった。良い詩だ。
三〇年もたてば、
丘陵のひとつやふたつ消えてなくなるさ
消えた丘のむこうに、
ケンポナシの実を探しに行けば
またいちだんと秋は深く、
秋はもうつぎのたたかいにそなえているし
そしてこころは立ち枯れて、
あれは兄弟ではない男の子がふたり
古き良き笑みで肩をくみ、
ぼくを誘っていたっけが
ぼくはまだそこへは行かない
そこまでは行かないんだよ