2022年3月に読んだ本
今月は詩が多い。
1 川上未映子『春のこわいもの』★★★★★
好きな作家を一人挙げろと言われたら「川上未映子」と答えるだろう。そんな彼女の最新短編集。今野書店で購入。
今までの短編集のなかでもいちばんよい。はじめて川上未映子を読むという人にはこれからこの本をオススメするだろう。川上未映子はいま作家として円熟のときを迎えている。今まで長編で描かれてきた、冴えない独り身の中年女性が送る生活や10代前半、性愛未満の男女の交流など、ザ川上未映子というモチーフを用いながらも、今までにない、現代を生きる若い女の子の価値観や高齢女性の性など、新たなモチーフにも挑戦している。なかでも本書最後に収められている「娘について」は圧巻。ぞくぞくする。これぞ川上未映子。すばらしい。装丁も美しくてたまらない。この本は間違いなく今年のベスト10には入ってくるだろう。本当に書いていただき、読ませていただきありがとうございました。
2 福田拓也『DEATHか裸』★☆☆☆☆
紀伊國屋書店で気になったので購入。
タイトルにもあるように夜露死苦のような中学生でも恥ずかしくてやらないような当て字を多用した詩編が並ぶ詩集。結局この表現を通して何がしたかったのかあまりよくわからなかった。
3 うめざわしゅん『ユートピアズ』★★★★☆
吉祥寺バサラブックスで購入。
ディストピアものの社会風刺漫画とでも言えばいいのか。うめざわしゅんの世界観がさく裂している。怖い。面白い。この本はおそらく入手困難なので気になる人は『パンティストッキングのような空の下』から読むといいと思う。
4 小佐野弾『銀河一族』★★★☆☆
第二歌集。新宿紀伊国屋で購入。
第一歌集『メタリック』ほどの衝撃は正直なかったが、この人の歌はやはり好きだ。唐突に出てくる
「恵まれてゐるから。お金持ちだから。しかたないよね」黙れ、うるせえ
そのあとはこう続く。
薄甘き不幸自慢をくつくつと胸で煮詰めてゐるゆふまぐれ
許されるたびに汚れてゆく腕を三十九度のお湯で濯ぎぬ
(もし明日さびしかったらどうしよう。こんなに全部持ってゐるのに)
よい。セクシャリティについて歌い、一族の生い立ちを歌い、次は何を歌ってくれるのだろう。楽しみである。
5 米原万里『不実な美女か貞淑な醜女か』★★★★☆
国立の三日月書房で購入。
彼女の著作を読むのは2冊目。ロシア語通訳者のエッセイ集。人の失敗を嬉々としてたくさん書いていて面白い。面白いのでどんどん読める。
6 小骨トモ『神様おねがい』★★★☆☆
Twitterで見かけ、コピー「学校と体育が死ぬほど嫌いだったすべてのみんなたちへ」が良かったので購入。今野書店にて。
押見修造とゴトウユキコが帯を書いている作品である。気持ち悪いエロス、お腹いっぱい。でもまた新刊が出たら買ってしまう気がする。
7 千葉雅也『現代思想入門』★★★★★
話題の現代思想入門。西荻窪は今野書店で購入。
非常に読みやすい。驚愕なくらい読みやすい。現代思想の入門書の入門書としても読めるし、自己啓発本としても読める。自分が影響を受けてきたフランス現代思想の基本的な考え方が平たく書かれていて、ああこれから現代思想を知らない人にはこうやって話せばいいのかと思った。
8 岩波れんじ『コーポ・ア・コーポ4』★★★★☆
コンスタントに新刊が出て嬉しい。西荻・今野書店で購入。
愛すべきクズたちのお話。私は一番ユリが好き。冷めてて浮いた話が一つもないのがよい。次点がチカ。毎度クズ男に捕まってしまうがしっかりしたいい女でしょっちゅうキレてるのがよい。
9 花霞和彦『行ってはいけない世界遺産』★☆☆☆☆
このペースで散財を続けているといよいよ破産する、ということで図書館の貸し出しカードを作った。だからこの本は図書館で借りた。図書館で借りる以外の方法で読むことはなかっただろう。
もっとけちょんけちょんに貶しまくるのかと思いきや、それほどでもない。そりゃそうか、好き好んで世界遺産に行きまくっているのだから、基本世界遺産が好きに決まっている。海外旅行、行きたいな。
10 多和田葉子『シュタイネ』★★★☆☆
多和田葉子の詩集。これも図書館。
結構いい。生活の中に空想が入り込んできたような詩。ドイツ語と日本語の行き来も面白い。こういう特別でなく、死や誰かの不在、隣人との愛憎、生活苦などのネガティブなものが描かれない詩って書くの難しい気がする。納豆の詩が最も印象に残っている。
まわすことが瞑想で
捨てろポーるをこする箸の
神経質な
岸岸と
「2 シュティンク・ボーネン(納豆か)」
11 カニエ・ナハ『用意された食卓』★☆☆☆☆
これも図書館。中原中也賞受賞作。
馬鹿みたいな感想だが、思ったより暗い。タイトルと著者名から勝手に明るいやつかと思っていた。
焼付いて二度と離れない、
地に首をしめられて、
光に撃たれて、
死ね。
目のない空を貫いて、
届くまで、
何度だって死んでやる。
「照明」
暗い。今のところそれくらいのことしか分からない。詩人なのに。
詩は一度読んだだけでは大体よく分からない。でも何度か読んでいるとだんだん分かってきたりする。一遍一通り読んだだけの詩集が記憶に残らないのは意味が分からないからだ。人間は意味の分からない言葉の羅列を記憶することができない。また読むことはあるだろうか。何度も読みたくなる詩集はそんなに多くない。
12 天久聖一編『書き出し小説名作選 挫折を経て、猫は丸くなった。』★☆☆☆☆
これも図書館。
どういう状況?と突っ込みたくなるようなものが多い。情報量が多く通常の状況ではない、想像が膨張するような書き出し。ここに集められているような一文から小説が始まりこの調子のまま最後まで行くのが木下古栗なのではないかと思う。一文ならみんな割と書ける。でも二文目さえ続けられないほとんど出オチのような書き出しから走り出す、そんな技巧を思う存分無駄遣いしている木下古栗の新作が読みたい。全然関係ない木下古栗の話ばかりしてしまった。
13 暁方ミセイ『紫雲天気、嗅ぎ回る 岩手歩行詩編』★☆☆☆☆
暁方ミセイ、なぜかこれだけ図書館にあった。中原中也賞をとった『ウイルスちゃん」はない。
詩中には色がたくさん出てくる。たとえばこの詩編。冒頭、
紫色の座席なのだ
黄色いと思った車内はもう
明るい昼間の現実となって車窓の外ばかり
青い妖怪の臓の内だ
「七月三十日」
から始まり、その後も「青灰色の煙」「映りこんだ紫」「紫の畑」「紫の尾花」「黄色いライト」「白い狼煙」「波になる山の端、黒、桃、白」と色の描写が続く。この詩人の世界の見え方、色で景色を記憶するタイプであることがわかる。こういう画家タイプの詩人の作品を今まであまり読んでこなかったので新鮮だった。
14 藤原安紀子『フォ ト ン』★★★★☆
これも図書館。
知ってるけど難解。そして知ってるけど好きだ。中尾太一、岸田将幸、菊井崇史らと並ぶ2010年代の詩人の難解さが私は何だかんだ好きなのだよね。
それではみなさんさようならこれは手紙です忘れてもいい
名まえと読めない文字がスッタカタダンスするこれ野暮用
です萌黄いろ吹きいろうすいかみの分厚い本を枕許におい
てしぃっ!だから黙っていろおれは絡まりうしろへ還るよ
生きいそいで見失うな待っているいつか淋しい天使の触手
を約束してくれまだ不可能な譬えとしてでも言葉なくして
信じられる それまでみなさんさようならこれは手紙で
この詩集の冒頭。すでにいい。
先に挙げた3人の詩人の詩にも言えることだと思うが、「手紙」として読める詩なのである。それを「忘れてもいい名まえと読めない文字」が難解にする。さしてそれは「ダンス」とあるように音楽的な詩、それぞれに通底するビートのある詩なのである。難解で音楽的な手紙。のような詩。好きだな。この詩集は所有しておきたい。
15 川上和人『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』★★★☆☆
荻窪のブックオフで購入。
川上和人を読むのは3冊目。結論から言うと『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』が一番面白い。しかしこれもそこそこ面白かった。恐竜学は日進月歩の学問で、私の子供の頃からも随分と進化していることがわかった。
16 三角みづ紀『錯覚しなければ』★☆☆☆☆
「さんかく」と読みたくなるが「みすみ」である。これも図書館。
「錯覚しなければ」のあとに何かを続けるとしたら「生きられない」だろうか。この詩集は母への愛憎や男に欲望される女という身体など「女であること」がテーマの一つになっていると思う。「出刃包丁」が何度も出てきて物騒だが、現代詩のなかでは読みやすい方の詩人である。しかしこういう類の詩を書く人はネットにもいるし、あまり際立って優れているとは感じないのだが、こんなに評価されているということは私が読み取れていない何かがあるのだろうか。
17 岡本啓『グラフィティ』★★★★★
岡本啓も読んでみたかったのだ。図書館で借りた。
よい。とてもよい。ほしい。買おう。お金ができたら。
真夜中、だれかがたしかに起きてる
失いつづける波打ち際で、両手をひたし
ほとんどみつからない
やさしい言葉を掘りだそうとして
でも満ち引きは
わずかにきっとベッドのなか
首筋を鼻にこすりつけ
さんざん爪でさわりあった、すべての二人の
やわらかな悲しみにこそあって
乾きおえた頬に、はにかむ地球の陽が
ふれるとき
唇からもれる、意味とおと
とおく、そう自分とは関係なく
小さくまたたいた、緑のひかりに感嘆する
むこうのほうからは
明けはじめた水平線が見えるのに
ただこの地球に
立ちよるなんてことがあっていいものか
立ちよるとしか言い切れない短さを
どうやって
口にすればいいのか
「発声練習」
何て言うか、フジファブリック的なよさがある。スカイブルーの乾いた青空の下をちゃんと感じている。歩くように見て、食べるように聞き、眠るように書く、それらすべてが地についた生きることそのものだ。
18 マーサ・ナカムラ『雨をよぶ灯台』★★★★★
これも図書館で借りたが所有したい。よかった。
物語のような散文として読める詩を書く詩人はこの詩人とデビューが近い詩人にも複数人いる。野崎有以や水沢なおなど。しかし似てない。この詩人にしか書けない詩が確かにある、それが感じられる詩集だった。
panpanyaの世界観に少し近いかもしれない。日常の何気ない風景からぬっと異世界に入り込む。詩の冒頭は「雨が降っている」「ぷつりと目が醒めて、外に出た。」「スナック『真紀』の飾り窓が、荒く息をするように光っては消える。」などといった感じで始まる。感情に訴えかけることなく読者を自分が作り出した世界へ連れ込む手腕は見事。所有したい。
図書館で借りても結局所有したいと思ってしまう。が来月も引き続き金欠なのでお世話にならざるを得ないだろう。ほしい本を全部買えるくらい金持ちになりたいもんだね。