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2022年2月に読んだ本

やる気出なくて遅くなった。

1 リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』 岸本佐知子訳 ★★★☆☆

訳の岸本佐知子さんがはじめて(頼まれてではなく)自分から訳すことを決めた本、ということで気になっていた。白水Uブックスになっているのでそちらの方を買おうかと思っていたところ、古書防波堤にハードカバーで入っていたので購入。非常に短い1ページにも満たないショート・ショートから数十ページの短編まで、51ものお話が収められている。しかしそのどれもがいわゆる「お話」というような物語の形式に則ったものではない。短編はこういう実験的なことがやりやすくていいなと思う。レイモンド・カーヴァ―でもよく出てくるが、モーテルで住み込みの管理人をする設定が私はなんか好きだ。とにかく短いので、電車のなかで読むには適している。寝る前に少しずつ読むのもよいだろう。しかし短編というのは簡単に読める分記憶からも簡単に抜け落ちていく。読んだはたから忘れていく、タイトルともリンクしており、そう悪いことでもないような気はするが。

2 劉慈欣『円』 大森望、泊功、齊藤正高訳 ★★★★★

『三体』の人の短編集。これも古書防波堤。
いやあ面白い。よくできてある。『三体』は長すぎて手が出ないという人にはこちらをオススメする。とか言いながら私もまだ『三体』読んでないんだけど。
この短編集では複数の短編で「なぜ知識や経験、能力は次世代へ遺伝によって引き継がれないのか」というテーマが扱われている。中でも印象的だったある短編では(ここからネタバレ)親の記憶をまるまる受け継いだ子供が胎内で自殺する。今読んでいる他の本によると、「獲得形質は次世代に受け継がれない」という今の常識はつい最近定着したもので、それ以前の人々は普通に受け継がれると信じていたらしい。たしかに宇宙人や神が言うとおり、一個体が手に入れたすべての知識を全個体がシェアできた方が種として効率よく進化できるだろう。
しかし劉慈欣の書く「神」、ないし、人間からしたらほとんど全知全能である存在は、人間以上に強欲、というか欲丸出しで、性格も悪いのが笑える。悟ってないとかいうレベルではなく、倫理がない。平気で生命のある星を破壊する。

3 チェーホフ『桜の園・三人姉妹』 神西清訳 ★★★★★

1月に読んだ『かもめ・ワーニャ伯父さん』と合わせチェーホフの四大劇と呼ばれているらしい。これも古書防波堤。古書防波堤様様である。

わたし、こう思うの――人間は信念がなくてはいけない、少なくも信念を求めなければいけない、でないと生活が空虚になる、空っぽになる、とね。……こうして生きていながら、何を目あてに鶴が飛ぶのか、なんのために子供は生れるのか、どうして星は空にあるのか――ということを知らないなんて。……なんのために生きるのか、それを知ること、――さもないと、何もかもくだらない、根なし草になってしまうわ。

「三人姉妹」より

チェーホフはまた歳を取ってから読んだらさらに「深み」のようなものが感じられるのではないかと思う。人生の悲劇的な面と喜劇的な面がよく描かれている。桜の園も三人姉妹も悲劇か喜劇のどちらかに分類しろと言われたら悲劇なのだが、悲劇に収まり切らない喜劇的な面があり、その面が美しく光って見える。私は演劇というものをほとんど観劇したことがなく、戯曲というものもチェーホフではじめて読んだ。しかしチェーホフはぜひ劇場で観てみたいと思った。

4 卯月妙子『鬱くしき人々のうた 実録・閉鎖病棟』 ★★★★★

久々に今野書店の地下に降りたら卯月妙子の新刊! 半年弱も見落としていたなんて。
本書は20代の頃の話をまとめたもので、『人間仮免中』より前の話になる。私の初入院が卯月さんより早かったことに驚き。まじか。

それはさておき、帯のマキシマムザ亮君の推薦文にある「逆ギレの長生き」というワードがパワーワードすぎる。凄い気に入った。「逆ギレの長生き」。逆ギレで長生きすることになる人生が凄いし、長生きすることが逆ギレになる人生が凄い。最高にロックな生き方だ。月曜の朝9時半からある定例会議で順番に好きな言葉を発表するという謎タイムがあり、みんな「為せば成る」とか「一期一会」とか言っているわけだが、私の番ではこれを発表してやろう。
そしてまたあとがきの文章にあるこの部分も素晴らしい。

死なない度胸を持ってください!!!
辛いのは、急性期のうちだけです。慢性期まで耐えれば、ものすごく精神的にタフな自分になってます。

死なないために必要なのは「度胸」だったのか。
その次の文も要は「辛いのは今だけだから頑張れ」ってことを言っているだけなのだが、「急性期」「慢性期」という言葉に圧倒的なリアルが詰まっている。神は細部に宿る、魂は細部に宿る。こういう専門用語を安易にひらくから誰にも刺さらないシャバシャバのコピーができあがるのだ。

5 意志強ナツ子『るなしい』 ★★★☆☆

意志強ナツ子の新連載はまたもや新興宗教。これも今野書店で購入。
しかし意志強ナツ子先生は地味な顔の女を書くのが上手すぎる。地味な顔の特徴を捉えすぎているというか、こういう顔の人いる!と思う。まだ1巻なので感想は書きがたいところがあるが次の巻が楽しみである。

6 チェーホフ『かわいい女・犬を連れた奥さん』 ★★★★★

これは戯曲ではなく小説。2本の小説が収められていると思うじゃん。違うんだ、短編集で収録作品は7作。古書防波堤で購入。
先ほど短編集は短いので内容を忘れやすいと書いたが、この短編集は冒頭の数行を見たらすぐどんな話だったか思い出せた。こういうことは珍しい。大体全体をパラパラめくらないと思い出せないのだ。チェーホフは冒頭で物語の世界観を作るのが上手なのかもしれない。
本書の作品は総じて平凡な人の、悪徳とも言えないが美徳ではない部分が描かれているのだが、読み終わると「人生」と思う。たぶん立て続けに晩年の作品ばかり読んでいるからそう思うのだと思うが、人の人生にはその人の人生、生き様が端的に現れるエピソードというのがあり、それをいま読んでいるのだ、という気が確かにするんである、チェーホフを読んでいると。語られている話がたとえ一日の話であっても、もっと短かったとしても、その人が生きた、生きている、生きていく何十年という時間、「人生」を思わせる。

7 岩波明『文豪はみんな、うつ』 ★★★★☆

文豪と打つと予測変換の一番最初に文豪ストレイドッグスが出てくる。私は過去に一度も文豪ストレイドッグスと入力したことはない。凄い波及力である。
この本はTwitterで見かけて気になったので梅田の紀伊國屋書店で購入。
まあみんなうつだよね、としか言いようがない。正確にはみんながみんな鬱病であるわけではなく、躁鬱だったり統失だったりするわけだが。しかしにしてもみんなそんな不安定な精神状態でよく書けたなと思う。私がこのブログで散々っぱら書き散らしているような内容のことを文豪も書いていて、その旧仮名遣いの混じった文章を読んでいると非常に共感すると同時に何だかおかしい。真面目くさってくだらないことを書き綴って、それでいて当人はいつだって真剣なのだから笑える。自分の悲劇は他人の喜劇。
今時こんなに「ダメ」な人らはウケないというか受け付けられないのかもしれないが、こういう人は絶対にいなくはならない。だからこそ、こういう人も認められる「余地」が、これからの社会にもあり続けることを望む。

8 『蝶のしるし』 白水紀子訳 ★☆☆☆☆

台湾の女性作家たちの短編集。新宿・紀伊國屋で購入。
はっきり言って作品の完成度はどれもそんなに高くない。ものによっては明らかに低い。最近あまりにも完成度の高い作品をたくさん読みすぎているからそう感じるのかもしれないが。背景が分からないと無理のある展開または文脈の飛躍だと感じる部分もある。それらは翻訳者による解説を読めば一応解決はするのだが、本編中に注があった方が親切だったと思う。読み進めるうちにだんだん語り手の妄想が現実を侵食していたと分かってくるというイカした設定が、訳が下手なのか、原文が下手なのか、全然活かせていなかったのも残念。この設定は上手く書ければめちゃめちゃ面白いと思うんだけど。
クィアな性のあり方や私の知らない複雑で繊細なアイデンティティのあり様などが読めることを期待して読んだが、期待外れだったかな。新しく衝撃的な語りは特に見つけられなかった。

9 panpanya『枕魚』 ★★★★☆

病み疲れたときはpanpanyaだろと思い、吉祥寺・バサラブックスで購入。
あらためてパラパラページを繰ってみると主人公は基本的に無表情か「あ」「げ」「え」といった驚き、動揺、困惑の表情をしている。それがいいのだと思う。表情に世界に対するスタンスが出ている。絶妙にゆるく懐かしい。そしてムカつかない。

10 panpanya『蟹に誘われて』 ★★★★☆

これも吉祥寺・バサラブックス。しかし実は別日に再度出直して購入している。
一つ目の臓器みたいな頭をしたやつがよく出てくるが、よく見るとちょっと怖い。また病み疲れたら読みたい。panpanyaはこれからもコツコツ揃えていこうと思う。非常にトイレに置いておきたいタイプの本だが、うちのトイレには新書しか置かないことにしているのでトイレには置きません。

11 テッド・チャン『息吹』 大森望訳 ★★★★★

新宿・紀伊国屋で購入。
訳者あとがきに「最近十年のSF短編集では、おそらく世界ナンバーワンだろう」と書かれているが、本当にその通りなのだろうと思った。一つ一つの短編の完成度が高すぎる。劉慈欣の『円』以上かもしれない。
教育がテーマになっている話が多いが、私が一番好きだったのは本書冒頭に収録されている「商人と錬金術師の門」。タイムトラベルものなのだが、イスラムのエキゾチックな語り口と「過去は変えられないが、もっとよく知ることができる」という主題が好きなのだと思う。
テッド・チャンは非っっっ常に寡作で、デビューから32年間に本書を含めた2冊しか刊行していないという。いくら何でも寡作すぎる。しかし幸運なことにまだ私はもう1作の方を読んでいない。まだ読んでいない作品があることを幸せに思う作家というのはそういるものではない。もう買ってあるのでじっくり大切に読もうと思う。

読書月報は書き始めれば書けないということはまるでなく、むしろ書くことはある程度決まっているのでただ楽しいだけなのだが、書くまでにいつも時間がかかる。

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