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必要なのは対話

先日、あるラジオ番組を聞いていて、ちょっとハッシュタグをつけてTweetしようかと思い、
そのハッシュタグを覗いてみたところ、まぁ荒れている荒れている、ビックリしました。

その番組は、割とよく聞いてはいるのですが、聞いているだけ、つけて流しているだけで、
私は多分 ほとんど呟いたことがなくて、ハッシュタグをつけて覗いてみるのも そんなに毎回はしていなくて、
けれども、以前は こんなに荒れてはいなかったと思って、けれども 荒れるTweetをする人達の気持ちもよく分かって、
でも 結局、その日は様子見でTweetはしませんでした。

いや、実際には その少し前に、その番組を聞いていて、それは流石に違うのでは?と
番組終了ギリギリに ちょっとTweetをしました。
別に取り上げてもらおうとは思わず、ただハッシュタグをつければ、番組のスタッフさん達が読むだろう、
私の意見を読むはずと、ただ届けばいいと思いました。

そして その翌日にも またギリギリ、スタッフさん達の目に留まるようにと
前日 急いでTweetしたものを ちゃんとまとめてTweetしました。

そして その後に、そのハッシュタグのTweetを遡って見てみました。
リスナーの皆さんは、この番組を聞いて、どう思っているだろうと。
それで、荒れていることが分かったのです。

荒れているということは、皆さん、怒っているわけです。
怒りをぶつけているのです。
私も怒っているので、怒る気持ちはよく分かります。
皆も怒っているなら、私の意見もTweetしやすいと思いました。

でも….. うーん、何か違うなと感じました。
こういう時は、ちょっと一息、コーヒー飲んで おやつです。
スターバックスで買ってきた、アーモンドミルクの抹茶ムース、抹茶が濃くて甘さも抑え気味のちょうどいい塩梅。
滑らかなムースがとても美味しくて、大満足。
これはまた買ってきて食べようと思いました。

そしてコーヒーを飲みながらTweetを見ていると、下記の言葉が流れてきました。

少なくとも京都大学では、ディベートで相手を打ち負かすだけの人物をエリートなどとは呼びません。エリートに求められるのは、ディベートではなくダイアローグ、すなわち対話です。

Twitter 山極壽一京都大学元総長の名言botより

これだ!と思いました。
意見をTweetするのは、荒れさせたり、打ち負かしたりすることが目的では決してないし、
まして絶対に論破目的などではないのです。

相手が私の意見を理解してくれて、そのように番組を制作してくれたら、それはとてもいいと思いますが、
なかなかそうはいかないでしょうから、まずは耳を傾けてもらう、そこからです。
自分の意見を伝える、そして受け入れてもらう。
けれども、別にへりくだったりする必要はないと思います。
ただ誠実に。

そんなわけで、今はちょっと様子見、タイミングを見計らってTweetしようと思います。
怒りに任せてTweetしなくてよかったです。

こざるカフェは、今日も ゆっくりゆっくり
のんびり 穏やかに時間が流れていきます。

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よい毎日でありますように (^_^)


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