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短編小説『魂』

 これは友人から聞いた話だ。
 先日、CMのナレーションの収録があり、友人は録音と編集を担うことになった。代理店の作成した原稿をタレントが読み上げ、それを友人が収録する。滞りなく収録は終了したと思いきや、数時間後に営業担当の方から連絡があり、「自分の書いた原稿にミスがあったから録り直してほしい」という話だった。
 私はこの話を聞いたとき、「ちゃんと録り直した分のギャラも支払われるんだよね」と友人に確認したのだが、「支払われないだろう」ということだった。
「え?相手のミスで二度手間になったんだからそれは支払われないとおかしいんじゃないの?」
「いや、でも、そういうもんだから」
「何が?」
「これまでにも支払われたことなんて無いし、向こうさん、録り直しの分のギャラを支払わないといけないという発想が無いんだから、そんなこと言ったらこっちの仕事が無くなってしまう」
「しかし、タレントさんには支払われるわけだろう。君のところだけ損じゃないか」
「いや、タレントさんにも支払われないと思う。タレントさんだって代わりはいくらでもいるから。口ではごめんなさいと言うけど、ごめんなさいなんて思っちゃいないんだ。今回の原稿の間違いだって内心は録音する前におまえが気づかないからいけないんだって思ってるはずだよ。ミスの責任を全部こっちに押し付けてその分のギャラを引かれたうえに録り直しさせられる、くらいのことを想定しておけば、今回みたいなことは別になんてことはないさ」
「そういう姿勢が横柄な態度を助長させるんじゃないのかね」
「外からならなんでも言えるよ。ギリギリのところで愛想笑いしながら騙し騙しやっていくしかないんだ。俺、ずっと夢とか希望とかを売る仕事してるんだと思ってたけど、そんなものを売れる余力は無くなってしまったし、かといって油を売るわけにもいかないし」
「じゃあ、何を売っているんだい」
「魂」

蠱惑暇(こわくいとま)

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