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短編小説『ホンモノの唐揚げ』
高校に入る前に一つ、おまえに言っておかないといけないことがある。そういきなりおやじが切り出したのが確か今年の1月か2月だったと思う。まだ寒かったのだけは覚えている。冷え込んだ3月某日だったかもしれない。梅は咲いたか椿はまだか、あいにく花の移ろいに気を配るような暮らしは送っておらず、そのへんのこともわからない。ただオレはまだ中学3年生だったし、2年でも1年でもなく中学3年生だったのはまちがいない。
どこの家庭も同じだと思うがオレも反抗期というやつで、両親とは碌に話をしていなかった。いまだって仲がいいってわけじゃあないが、あの当時のことをあれが反抗期だったんだなと思い返せるくらいには冷静だ。あの時はオヤジと目を合わせるのもいやだったが、日頃からうんこおなら系の下ネタできゃっきゃ言うタイプのオヤジがあの日はやたらと神妙な面持ちでオレと話がしたいなんて言うもんだからどうしたものかと思っていた。うちに限ってまさか実のお父さんじゃないんだとか、あるいは今日でお母さんと離婚するんだとか、そんな話は無いだろうと思っていたんだが、そのレベルの大ごとであるに違いない顔つきで、母親も黙ったままだ。いつもはオヤジと冗談を言い合うのにそれもなく、キッチンで晩御飯をこしらえはじめた。揚げ物の音が雨音に聞こえる。
あのな、母さんが今揚げてるやつ、実は、あれが唐揚げなんだ。オヤジが何を言っているのか、オレはよくわからなかった。唐揚げは唐揚げだろう、オヤジはボケてしまったんだろうか、もしくはオヤジのボケなのだろうか、それにしては普段のオヤジの笑わせ方と勝手が違いすぎるじゃないか。どういうこと。いや、この際、単刀直入に言おう。おまえがこれまでずっと食べてきた唐揚げは、あれは唐揚げじゃあないんだ。今まで騙してきてすまなかった。いやいやわからん。どういうこと。なぜにこのタイミングかもわからんわからん。
高校生にもなるとお友達と外食することも増えよう。幸い小学校中学校と給食には揚げ物が出なかったからここまで誤魔化し通せたが、もうさすがに我が家で食べているものを唐揚げと認識し続けて生きていけばおまえの将来に不都合が生じるんではないかと思ってな。いや、あほちゃうか、さすがに家で食うてる唐揚げがホンモノの唐揚げかどうかくらいわかるわ。ずっと本物の唐揚げを食べてきてるのに何をそんな冗談のつもりか知らんけどいつものうんこおなら言うてる時のがおもしろいわ。
ほら見てみろ、やっぱりわかってない。今までおまえが食べてきたのは、茶色い岩石みたいな形をしたものなだけで唐揚げではない。ただ、唐揚げ本来の味に極限まで近づけたものなのでなんら問題はないとされている代物なんだが一つ問題があるとされるのがおまえのケースでな。何が問題かといえば、これまでこの唐揚げもどきの製造に携わってきたものたちは全員、唐揚げの味を知っていたんだ。唐揚げの味を知っている人間にとっては、この唐揚げもどきは実に唐揚げと遜色ない味のする美味い唐揚げもどきなんだが、おまえは違う。生まれてから今まで、おまえの食べてきた唐揚げは全てまじりけなく、純度100%でこの唐揚げもどきだ。だから、この唐揚げもどきを唐揚げだと信じ込んでいるおまえが、本物の唐揚げを食った時、どんな反応を示すか、オレは実の親でありながらおまえを生まれてから今の今まで、今日という日が、おまえが本物の唐揚げを食べる日が来るまで、実験台として使っていたのだ。
このおっさん、ほんまに何言うとるんや。なんか全然見えへん。何、ほんならどっか研究所で働いてるっていうこと。うむ、まさにおまえを生んだところから実験は始まったといっていい。妻もオレの研究に協力してくれた。15年、オレたちの開発した唐揚げもどきを唐揚げとして食べ続けた唐揚げを知らないおまえが本物の唐揚げを食べたときになんの違和感も抱かずに唐揚げとして受け入れられたならオレたちの研究は大成功だ。しかし、オマエが今から食べる唐揚げに何かしら疑問を感じるようならば、オレたちの苦労は水泡に帰してしまう。大切な我が子を実験台にしてまで研究に費やした時間も金も何もかもが無駄になる。だから、だから、いま母さんが揚げた揚げたての唐揚げを食ってみてほしい。そしてそのうえで、できれば唐揚げもどきと変わらないと言ってほしいが、嘘は言ってほしくない。だから、だから・・・
お待ち遠様です。揚げたての唐揚げ、できましたよ。あほか。オレの食うてきた唐揚げはこれまでアツアツの出来立てやったことが無いやないか。おんなじ条件で食わしたらんかったら実験の土台が根底から覆るやろ、基本中の基本やろ、この大一番でこのやらかし、つまりこのおっさん、これまでにも大概のことはやらかしとるな。こんなアホ、まともに相手しておれるかい。
アツっ!アツっ!あ、でも、これ、今まで食べてきたやつと同じ感じかも。いや、違うな、あれと似てるわ。なんやったかなー。ローソンで売ってる、おまえまさか、唐揚げくんを食ったことがあるんじゃないだろうな、おまえが唐揚げくんを食っているならこの実験は台無しだぞ、おまえ、オレの知らないところで何買い食いなんかしてやがるんだこの野郎。いや、そっちじゃなくて、そうそう、ジャイアントポークフランク。豚の味がしますよこれは。なんのことはない、母親が鶏肉と豚肉を間違えて揚げてしまっていたのだった。母親が大間違いを犯したのはこれが人生二度目のことで、一度目が結婚相手だったのは言うまでもない。
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