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短編小説『出雲路橋のオオサンショウウオくん』
その姿を見たのは一度きりである。
賀茂川に架かる出雲路橋の少し北、コロナ禍にベランダで晩酌する用に買った小さい折り畳み椅子を川縁にセットし、俺はいつものようにポケットラジオで極ステを聴きながら日本酒をきめていた。酒のことを「きめる」なんて言うのをカッコいいと思っているわけではないが、若い頃にはそういう尖り方が流行っており、当時から使い続けていたら癖みたいになってしまっただけだ。
前の日は大
短編ポテトチップス小説2:のりしお
仕方ないが半分、なんでやねんが半分。本当はなんでやねんがほとんどだけど、これまでにも似たようなことが何度もあった。いちいち怒っていたら疲れるだけだからあきらめることにしている。若い頃はもっと食ってかかった気もするけど演出の田宮さんとも、もう長い付き合いだから言わんとしていることはわかるし、いくらあたしが何を主張してもこの人が変わることはないことも知っている。はあ。聞こえるようにため息をつくくらい
もっとみる短編ポテトチップス小説1:うすしお
はじめてのキスの味がどうだとか、幼い頃にテレビで話している人がいて、それがバラエティ番組だったのか、ドラマだったのか、コマーシャルのなかでだったのか、はたまたアニメだったのか、なんにも覚えていないのだけど、いちごの味とかレモンの味とか、そんな答えだったと記憶していて、今にして思えばそれは、夏祭りでかき氷を食べたあとにキスをしたからなのではないかと思う。ブルーハワイの味と答えた人はいなかったけど。
もっとみる連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第6話
「ツツジって漢字でどう書くか知ってる?」
「知ってるよ、躑躅でしょ?」
「いや、それならあたしだって簡単に書けるわ。躑躅。ほら」
「じゃあ、いいじゃないそれで」
「よくない。ちゃんと書かないとどんどん馬鹿になっちゃうよ」
「躑躅って書けなくても馬鹿にはならないよ」
「でも書けるに越したことはないでしょ」
「いいよ別に。躑躅って変換してくれるんだから」
「でもちゃんと書けておきたいって思わない?」